APJとは何か。5年の成果と行方:ロバート キャンベル × 片岡真実
2023年1月25日
日本の現代アートの持続的発展を目指し、文化庁主導で取り組んできたアートプラットフォーム事業が、2023年3月でひとつの区切りを迎える。国内美術館収蔵品のデータベース化、文献英訳、ワークショップの3本柱によって導いた成果と残された課題、今後の展望について、古典籍のデータベース化などに実績のあるロバート キャンベルが、日本現代アート委員会座長を務める片岡真実・森美術館館長に聞く。(敬称略)

1990年以降、現代アートはアジア各国で爆発的に広がり始めた
ロバート キャンベル(以下、キャンベル):森美術館にはこれまで何度も足を運んでいますけれども、バックヤードにお招きいただくのは初めてです。今日は片岡さんとお話できることをとても楽しみに参りました。この部屋からもちょうどスカイツリーが見えますね。物理的に遠い景色と、目の前に差し出される作品が融合している森美術館はいろんなことを感じさせる空間になっていて、魅力のひとつだと思います。その遠近の中から時間や政治、自分の身体性などいろんなことが呼び起こされ、時に拮抗もする。
片岡さんは森美術館の館長に就任なさる以前から現代アートの状況をご覧になっていて、優れた展示をいくつも手がけていらっしゃいます。私たちが生きている現代の日々を、少し違う色合いで感じさせたり、勇気を与えたり、きっかけを作ってくれるような人や作品が日本にはたくさんあります。そんな現代アートを世界に発信するための、新しい枠組みを作ったんですってね。
片岡真実(以下、片岡):はい。文化庁アートプラットフォーム事業(Art Platform Japan、以下APJ)といいます。5ヵ年の計画で今年が最終年度となりますが、⽇本の現代アートの基盤情報を集積し、日英のバイリンガルで発信しています。
キャンベル:APJはどんな背景から立ち上がったのですか?
片岡:1990年代以降、現代アートがグローバルな広がりを見せる中、相対的に存在感が希薄化している日本の状況への危機感がまずありました。現代アートのアクティビティは経済発展の勢いと連動しますから、アジア各国の経済が急成長する一方で、日本経済は右肩下がり。それがアートを取り巻く環境にも投影されています。この間、中国、韓国、東南アジアの各都市で大きなビエンナーレや美術館が数多く創出されました。最近でもシンガポールで2015年にナショナルギャラリーが誕生し、東南アジアで最大規模となる現代アートのコレクションを収蔵。香港では待望のM+が開館するなど、大きく変化しています。
キャンベル:日本の現代アートは何よりもまず、国内においてフラットではなく、深いところまでアクセスすることが容易ではないという状況が気になるところです。
片岡:そうですね。私たち美術館は展覧会をつくるという仕事が目先にあり、現代アートを取り巻く環境そのものを改善するという長期的な視点や具体的な取り組みに着手することは容易ではありません。2014年、文化庁が「現代美術の海外発信に関する検討会」を開催し、「論点の整理」がなされました。これは現代アートに国の予算がついた初めての機会でした。そこで挙げられた中長期的課題に基づき、2018年に現代アートをめぐる課題、とりわけグローバルなアートシーンにおける日本の現代アートの価値づけとその持続的発展を目指すべく立ち上がったのが APJというプラットフォームです。簡単な解決法はなく、まずは人や情報に関わるインフラを整備すべきだという考えが根底にありました。これは実に大変かつ地道な作業で、5年かけてようやく骨子が見えてきたところです。課題は山積していますが、大きな一歩といえます。
ロバート キャンベル
世界でアクティベートするデーターベースを目指す
キャンベル:APJ事業は今年が最終年度ということですが、どんな成果にアクセスすることで私たちは何を得ることができるのか、立て付けを含めて教えてください。
片岡:一般の方にも見える形としては、2021年3月にこのウェブサイトを立ち上げました。日英バイリンガルなので、海外からもアクセスして利用することができます。コンテンツは「研究資料」と「プログラム」の大きく2つあり、「研究資料」は主に日本国内の美術館収蔵品のデータベース SHŪZŌ と 文献資料 で構成されています。文献資料では、主に戦後美術を対象とした未英訳の文献をテーマ別に選定し、英訳したものを公開しています。「プログラム」ではAPJが実施したシンポジウムやウェビナー、ワークショップなどのアーカイブ動画などを公開しています。
キャンベル:データーベースは、作品の所在と収蔵品名ですか?
片岡:はい。登録された収蔵作品数は14万7,040点、作家名の検索機能もあり、2,170人の登録が済んでいます(2022年10月18日現在)。各美術館にはそれぞれに独自の収蔵品目録があるのですが、全て並べるとすごいボリュームになりますし、なかなか開くことはない。自館のウェブサイトで情報が公開されていることも限られています。情報のDX化はこれからますます進んでいくと思いますから、APJ事業をきっかけに、国内の美術館に収蔵される日本近現代美術のデータベース化に着手できたのはひとつの大きな成果といえます。
キャンベル:収蔵品は画像も見ることができるのですか?
片岡:そこがまだ追いついておらず、今画像が入っているのは一部です。これから順次追加していきます。
キャンベル:ぜひ見たいですね。古典分野となりますが、私も同じくデータベース化に取り組んだことがあります。昨年まで館長を務めていた国文学研究資料館、通称「ナイジェル」(=National Institute of Japanese Literature)では、江戸時代以前からの30万点に及ぶ原資料のデータ化を目標にしていました。
片岡:30万点はすごいですね。
キャンベル:ものすごく大変ですけれども、やってみて実感するのは、データベースは呼び水になるということです。資料はオープンソースにすることによって価値が上がります。国立公立だけではなく、力のある私立博物館や大学図書館、さらに民間からも資料提供をいただけるようになりました。権利問題に関してはクリエイティブ・コモンズでライセンスのレベルを設定し、美術品の画像にはウォーターマークを入れるなど、提供側も安心できる形で公開しています。検索機能やタグ付けによって発見が促され、面白い企画や展示が生まれています。
片岡:データベースから実際に波及効果があるというのは、とても心強い話です。古典の世界において、そうしたデータベースが必要になった背景は?
キャンベル:ひとつは文献そのものが紛失していくからです。古典の文献は、防災面で活用できるなどの可能性も秘めています。3.11以降、古地震が注目されていますよね。天体イベントや太陽、温度変動などの測れる記録は、藤原定家の『明月記』の時代からたくさんありながら、ほとんどが埋もれたままです。当時のくずし字を読める人は今の日本におそらく2〜3千人もいませんから、まずはそれを開いていく。日本のこれからの新しい学術領域をつくるためのイースト菌となるように、世界に対して放出していく。
もうひとつ私が注目するのは、国や共同体、自治体の総合的な文化資源のデータベースです。ヨーロッパは10年ほど前から取り組んでいて、たとえばドイツの会社が主導している第一次大戦のプロジェクトが非常に良かった。開戦から100年後の2014〜18年、23ヵ国の村レベルにまで至るさまざまな文化資源を撮影し、収集してタグづけをしながら、相互に国と言葉をこえて検索できるようなリポジトリをつくっています。
片岡真実
日本の美術館は男性中心だった
キャンベル:膨大な予算とマンパワーを注ぎ込んでそれが何になるのか? というのを絶えず説明し続けることも大事ですね。ここで少し懐疑的な立場から質問してみたいのですが、APJで現代アートの作品情報を総合し、社会や海外に発信することによって、どのようなエフェクトが期待できるのでしょうか。
片岡:たとえば日本の現代アートを海外に発信するのに最も簡単なのは、“日本の現代美術展” を巡回させて見せていくこと。ただし誰を選ぶかによって全く別のナラティブが立ち上がることになります。展覧会を通してどのように時代や人、社会背景を伝え、学ぶのか。そこに筋を通すとき、母体に誰もがアクセスできる基盤情報があることは大きいと思います。
キャンベル:90年代以降、多文化主義の時代になり、現代アートをめぐる環境が変わったということですが、この数年間はむしろベクトルは逆向きで、国それぞれのナショナルな動きがあり、グローバリズムの反面が示されています。現代アートのデータベースは、アート界以外の人たちにどのような情報や実り、あるいは刺激を提示することができそうですか?
片岡:データベース単体で何かを提示していくのは難しい。データベースは現代アートをより深く理解していくための素材を揃える場所です。ただ、美術館収蔵品のデータベースを積み上げる中でひとつわかったことは、作家のほとんどが男性で占められていたことです。女性作家も存在していたはずですが、日本の美術館が収蔵してきたのがいかに男性中心だったかが見えたわけです。
現在開催中のヴェネチア・ビエンナーレは、女性あるいはノンバイナリーの参加者が90%と、これまでの美術の歴史に挑戦するセレクションになっています。これまでとは異なる視点で今一度アートの歴史と向き合う時、どういうストーリーが見えてくるのかが、今世界各地で盛んに行われている試みです。
キャンベル:見えていなかったものを可視化させるということ自体、とても意味がありますね。単純な検索でもいろんな気づきのあるシステムをつくっていくということ。現代アートの枠組みを超えて、他分野やいろんな出来事とリンクできるような形にすることも考えていますか?
片岡:自分自身がどこにいるのか、日本はどこにあるのか、というようなことを、大きな情報の海の中でナビゲーションできるようなものになっていけたらと思います。自分とは異なる視点で世界を見ることを、体験として蓄積していくことによって、歴史や社会についてもより多様な視点から見ることができるようになります。違う意見が共存せざるを得ない分断の時代を生きていくためには、自分以外の視点をいくつも持って、それらといかに交感していくのかが大切です。
民間がリードしてきた日本の現代アートの歴史
キャンベル:APJは文化庁が主導となっていますが、一般の多くの人にとっての現代アートといえば、民間や市場の中で勢いのある人たちがいろんなものをつくり、ギャラリーで展示するなど、自給自足かつ自己完結的にやっているという印象があると思います。国がテコ入れするというのは、そうではないということでしょうか。
片岡:新しいものは誰かが判断していかないといけません。アートは合議制で評価を定めるのが難しいので、民間が牽引してきたと歴史が確かにあります。たとえばセゾン美術館(*西武百貨店の美術館。現・西武池袋本店内に1975年開館、99年閉館)は、ヨーゼフ・ボイスやジャスパー・ジョーンズなど極めて重要なアーティストに注目し、同時代に見せていました。一方、公立の美術館で「現代」を掲げたのは1989年に開館した広島市現代美術館が初めてです。もっと遡ると、1952年12月に開館した初めての国立の近代美術館(東京・京橋)に先だち、大原美術館は戦前に開館、ブリヂストン美術館(現アーティゾン美術館)は1952年1月に開館しています。さらに、現在、竹橋にある東京国立近代美術館の建設費用はブリヂストン美術館を創設した実業家の石橋正二郎の寄付によるものでした。
ただ、APJで推進してきたのは、日本の近現代美術に芸術的価値を付与するための基盤整備。速効的な経済利益に繋がらないものの、国の文化政策という観点からは必要不可欠な課題です。ここを修繕しないと全体が機能しない。そうした意味では文化庁が動いたことには大きな意味があると思います。
キャンベル:これは現代アートに限らず、教育の問題も根深いところでつながっていますね。日本の国立大学は、今は法人ですけれども、1948年以降に教養部や教養学部が次々に設置されていく中、近代文学や歴史には教員がつく一方、文学部にはつかなかった。従来、美学・美術史の研究室に近現代を扱う人材は基本的にいなかったわけです。それでは過去とつながらないし学生たちも来ないということで、片岡さんがおっしゃったように1980〜90年代以降は少しずつ融合していますけれども。公教育の中にありながら、未だにその授業は本当に最後の方に箸折られている。受験勉強で近現代嫌いの人が多いわけです。
片岡:現代アートは、歴史も含めて社会的な事象を作品に反映していきます。たとえば東南アジアや東アジアの現代アート作品には、日本の占領時代の話が投影されていることがあります。アジア各国が植民地化を経て独立し、ネイションビルディングをしてきた歴史は、近現代アートとまさに重なっていますよね。少なくともアジア諸国で語られている歴史を知らないと、作品に触れた時にたじろいでしまうこともあるでしょう。
キャンベル:近代史の学校教育の乏しさが、歴史認識を貧相にしているというのはありますね。国民が自国のストーリーを語れない理由のひとつは、お互いに語り合えるような公共の空間がなかなか醸成されてこなかったから。自分が今どこにいるのかを定位することは大切です。
片岡:そうですね。それが現代アートのすべてといってもいいくらいだと思っています。時間軸、空間軸において自分自身を位置付ける訓練ができていれば、現代アートは解読できて、さらに楽しむことができる。ではそれをいかに教育などに反映させていくのか。考えるに、やはり90年代以降の30年間を改めて見つめ直す必要があります。アジアだけでなくアフリカやラテンアメリカなど非欧米の地域で独自に発展したモダニズムの再評価が進み、それがマルチプルモダニズムズと呼ばれるようになり、複層的かつ同時並行的なアートも発展が理解されるようになりました。そうした時に、自国の歴史や美術の発展についてより深く知ること、そしてアジアならアジアという広い地域の中で自国を、自分をどう位置づけられるのかという視点が求められるようになりました。日本は美術館設立の歴史としてはアジア域内でも先行していましたが、この30年間にアジア諸国が経済発展と並行して進めた文化芸術振興によって、立ち位置は逆転しています。
キャンベル:日本は80年代まで経済的に先進していたのが逆に足かせになっていますね。マルチプルモダニズムズは、日本の現代アート界にどのような影響をもたらしていますか?
片岡:戦後1950〜60年代の日本における前衛的な美術運動が国際的に評価されるようになったことは大きいでしょう。欧米から入ってくる情報を得ながらの模倣表現ではないかと長らく周縁化されていましたが、実はそこに日本独自の発展があり、アメリカやヨーロッパとの比較対象としても非常に面白いリソースであると注目が集まるようになった。倉庫に眠っていた作品に数千万単位の価格がつくなど、市場からの評価も高まり、それが欧米の美術館へ収蔵されるなど、歴史上の位置づけが進みました。
文献翻訳で国内外の情報格差を是正する
キャンベル:APJ事業では、それをどのように定着させて発信するのですか。
片岡:データベースと並行するもうひとつの柱として、戦後の日本美術の文献の英語化を進めています。その発展について研究した評論や学芸員の論文は多くありますが、翻訳されているものはごくわずか。英語で流通している情報と、国内の情報の差を是正していくのはAPJのひとつの柱です。
キャンベル:それはいいですね。翻訳対象となる文献を選定する委員会もあるのですか。
片岡:はい。10のテーマ を設けて選書をし、翻訳を進めています。最初に取り掛かったのは、黒ダライ児さんが60年代の日本のパフォーマンスアートの動向を集約した『肉体のアナーキズム』という大著です。年譜だけで130ページを超える、非常に重要な研究資料でして、翻訳にはチームで取り組み、Book Project として現在ウェブサイトに公開しています。
キャンベル:文献資料のページを拝見しますと、テーマのひとつに「写真とメディア」がありますね。日本では写真家がテキストを書くというのが、欧米との大きな違いだと思います。これは戦前から続く日本の活字メディアの特徴で、戦後の木村伊兵衛をはじめとするフォトジャーナリズムへと引き継がれています。写真家本人が書いた評論や文明論が、日本では今も手厚く、それ自体が研究であり評論になっている。
片岡:中平卓馬さんなども非常にたくさんの写真評論を書いていますね。APJの翻訳にはまだ入っていませんが、このように重要な文献翻訳を、APJでは日本の近現代美術の理解を深めるためのインフラとなるよう進めています。
ワークショップやディスカッションが人をつなげていく
キャンベル:APJはリーチとしては、どういうところを目指しますか?
片岡:一般の方にも使っていただくところを目指していますので、情報にとどまらない作品そのものの紹介、現代アートと美術館のあり方も含めて、これから問われることになると思います。APJ事業で蓄積したものは来年度以降、国立美術館を束ねている独立行政法人国立美術館内に設立される、国立アートリサーチセンター(仮称)に移行される予定です。
もうひとつ、海外の専門家との顔の見えるネットワーク構築にも取り組んできました。私がキュレーターになったのは90年代の終わりですが、同世代のアーティストやキュレーターとアジア各地に創出されたビエンナーレなどで出会い、ディスカッションをするうちに、自然とネットワークが拡大してきました。日本の美術館と同様、海外のキュレーターも世界中を回っているわけではないので、日本の近現代美術を知ってもらうためには、実際に来日する際に頼れる人がいるというのはとても大きな要素です。
キャンベル:作家を広義に捉え、いろんな方と一緒にワークショップをするのもすごくいいのではないでしょうか。世界中の専門家たちを結び合わせるコンソーシアムをつくり、みんなが面白いと思う文献を手分けして翻訳して合評するなど、たとえば国文学研究資料館が立ち上げた日本古典籍研究国際コンソーシアムでは、オンラインで定期的な研究会を開いています。みんなで1枚の大きなキルトを縫い上げるような作業を続ける中で、お互いを招聘し合うような関係にもつながっています。
片岡:APJのワークショップは招待制なのですが、将来の国際展のディレクターなどを招聘し、日本のアーティストを紹介したり、参加キュレーターの関心を共有して共同企画のきっかけを模索するなどしてきました。コロナ禍以降はディスカッションの内容をオンラインで配信したり、アーカイブへのアクセスを可能にしたりもしています。このワークショップはもともと海外とのネットワークづくりのために始めたのですが、やってみると国内だけでも非常に需要があることに気づきました。たとえば地方の美術館では、現代アートの担当者は若い世代の学芸員一人だったりすることも珍しくない。いざ展覧会をつくろうと思っても、企画から作品輸送、アーティスト招聘の手配、予算管理、事務作業まで全部一人。そういう時に、関心を共有する同業者と中長期的な課題について語る場があることでポジティブになれる、という手応えを感じています。
キャンベル:若い世代の育成とサポートに関しては、翻訳事業でもできることがありそうです。翻訳を担当するのが大学院生や若手の学芸員である場合、彼らがCV(英文履歴書)に書くことができる実績として評価をすること。もし研究者番号が付与できる機関であれば、肩書きのある立場を与えるなどして、キャリアパスにつなげていくのが大切だと思います。若い人たちがそこに関わりたくなるモチベーションを、システムとして組み込んでいくことができれば、どんどん力が集まっていく。来年以降の展望はありますか?
片岡: APJ事業がやってきたことを国立アートリサーチセンター(仮称)へ継承していく方向で調整しています。これから実際にどうアクティベートしていくのか、今日キャンベルさんに伺った文学界の話は大変参考になりました。
キャンベル:現代アートは、ファッションや音楽、エンターテイメントと並ぶ大きな訴求力を持っていると思います。アーティストが作品に落とし込んだ現在の視点を、多角的に集めてリリースしていくということを、ワークショップや密着レポートなどを通して同時進行できる事業にできたら面白いですね。
対談者プロフィール(敬称略)
ロバート キャンベル:日本文学研究者、国文学研究資料館前館長
ニューヨーク生まれ。1981年カリフォルニア大学バークレー校卒業。1992年ハーバード大学大学院東アジア言語文化学科博士課程修了、文学博士。1985年に九州大学文学部研究生として来日。同学部専任講師、国立・国文学研究資料館助教授を経て、2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授に就任、2007年より同研究科教授。2017年国文学研究資料館館長就任。2021年4月より早稲田大学特命教授。早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)顧問も務める。専門は近世・近代日本文学。執筆活動やコメンテーターなど多方面で活躍中。新著『よむうつわ 上: 茶の湯の名品から手ほどく日本の文化 (上)』(淡交社)は、国宝や重要文化財から近代人気作家の作品までを独自のアングルで鑑賞した文章と写真を収録、資料的にもユニークかつ貴重な1冊。下巻も年内発売予定。
片岡真実:キュレーター、森美術館館長、日本現代アート委員会座長
1992年よりニッセイ基礎研究所都市開発部研究員、1997年より東京オペラシティアートギャラリー・チーフキュレーターを経て、2003年より森美術館。2020年より現職。2007〜2009年は英国ヘイワードギャラリーにてインターナショナル・キュレーター兼務。第9回光州ビエンナーレ共同芸術監督(2012)、シドニー・ビエンナーレ芸術監督(2018)、国際芸術祭「あいち2022」芸術監督(2020-22)、国際美術館会議(CIMAM)会長(2020-22)などを歴任。国際博物館会議(ICOM)日本委員会、全国美術館会議理事。主な企画に「アイ・ウェイウェイ展─何に因って?」(2009)、「会田誠展:天才でごめんなさい 」(2012)、「N・S・ハルシャ展」(2016)、「塩田千春展:魂がふるえる」(2019)、「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」(2021/マーティン・ゲルマンとの共同企画)など。
写真:細倉真弓
編集・文:合六美和