テーマ
キュレーターや研究者の関心が高いテーマにおいて、各3~4名のアドバイザーから推薦文献を募集し、当事業の翻訳選定チームが選定を行います。2023年3月までに10のテーマを選び、各テーマについて各10本程度の文献を選定する予定です。
1. 学校・教育
美術大学、美術予備校、オルタナティブ・アート・スクールなどを含む「学校」、およびそれらの学校、美術館、広い意味での社会を舞台に展開された、アートに関する/アートを通した「教育」についての多様なテキストを対象とする。このカテゴリーでは、日本における本格的な美術教育の黎明期である明治期から、ジェンダーの問題が教育現場における最重要課題のひとつとして浮上してきた2010年代以降まで、幅広い時代を扱った文章を集める。それにより、近現代日本における美術の「教育」、そしてその現場としての「学校」の内実やその歴史的変遷について浮かび上がらせる。
2. アーティスト・ライティング
時期を問わず、日本のアーティストたちによって書かれたエッセイ、日記、論考などを対象とする。このカテゴリーには、内容の面でもスタイルの面でも多彩な、アーティストたちの手で起草・執筆された文章が含まれる。選出の要件として、それらの文章が著者であるアーティスト自身の芸術実践の核となる要素を反映しているか、あるいは作品制作の方法や動機と密接に結びついているという点を重視している。
- 翻訳決定文献:
3. コレクティヴィズム
戦前の MAVO から、戦後の実験⼯房、具体美術協会、ハイレッド・センター、THE PLAY、美共闘 REVOLUTION 委員会、ダムタイプ、Chim↑Pom に⾄るまで、集団による美術実践は、⽇本の近現代美術史を特徴付ける重要な活動である。宣⾔や機関誌の⽂章、活動に関する批評や研究論⽂など、その集団的な活動について書かれた⽂献を対象とする。
- 翻訳決定文献:
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- 瀧口修造「公募団体は無用か」 (1961)
- 「ハイレッド・センター(エンサイクロペディア・ハイレッド・センタニカより抜粋)」 (1971)
- 「1973年京都ビエンナーレ」カタログより「開催にあたって」、平野重光「<集団による美術>とは何か?」 (1973)
- 「1973年京都ビエンナーレ」カタログより「6組へのアンケート」 (1973)
- 白川昌生「円環の彼方へ」 (1983)
- 山口勝弘 「実験工房」 (1996)
- 小山田徹「ダムタイプ 自己と他者をめぐる考察からコミュニケーションの未来を探る」 (2000)
- 高橋芙美子 「混沌のなかから――『越境する女たち21』メイキング・レポート」 (2001)
- 鈴木勝雄 「集団の夢――五〇年代を貫く歴史的パトス」 (2012)
- 梅津庸一 「批評 パープルームの条件」 (2016)
- 吉良智子「歴史の中の女性コレクティブとひととひと」 (2021)
4. 評論家
⽇本近現代美術史の⾔説を形成した批評家の仕事を概観する。重要な議論やその展開を対象とし、展覧会や作家に与えた影響も含めて考察して、いかに美術の⾔説が構築されてきたのかを明らかにする。ニューヨーク近代美術館が企画した戦後⽇本美術論集(『From Postwar to Postmodern, Art in Japan, 1945—1989』)と合わせて、⽇本近現代美術史の多様な側⾯にも注⽬する。
- 翻訳決定文献:
5. 展覧会・出来事・場
⽇本で開かれた重要な展覧会に関する⽂献を対象とする。戦後⽇本美術史は、作品と批評を中⼼に議論されることが多かったが、それを可能にする展覧会については⼗分に議論されてこなかった。まだ翻訳されていない展覧会カタログの⽂章や関連する論考、展覧会評や関係者の証⾔、研究論⽂などを取り上げることで、展覧会が⽇本近現代美術史の形成に果たした重要な役割を明らかにする。
- 翻訳決定文献:
6. 日本のアートとフェミニズム
フェミニズムやジェンダーの視点から書かれた⽇本近現代美術史に関する⽂献、さらには、⼥性作家の声明⽂やインタビュー、⼥性の視点から書かれた美術批評も対象とする。⼥性の作家、批評家、キュレーターの重要な活動を明らかにすることで、従来の⽇本美術史やその価値観に挑みながらその可能性をさらに広げることを⽬指す。
- 翻訳決定文献:
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- 三岸節子 「女流画家の歴史」 (1950)
- 岸本清子 「岸本清子1983年参議院選挙政見放送」 (1983)
- 富山妙子、嶋田美子、レベッカ・ジェニスン「証言とアート」 (1997)
- 光田由里 「平日の昼間の公園」 (1997)
- 北原恵 「日本の美術界における『たかが性別』をめぐる論争」 (2000)
- 小勝禮子 「戦後の『前衛』芸術運動と女性アーティスト1950-60年代」 (2005)
- 笠原美智子 「やなぎみわ作品に見る現代日本女性の意識」 (2007)
- 吉良智子「戦争美術展における『銃後』の図像」 (2011)
- 小田原のどか×百瀬文 対談(前編)「女性アート・コレクティブの現在。シリーズ:ジェンダーフリーは可能か?(10)」 (2019)
- 小田原のどか「なぜ女性の大彫刻家は現れないのか」 (2021)
7. アジアの中の日本
美術における⽇本とアジアの関係 、⽇本に移住したアジア他地域の作家の経験や、⽇本からアジア他地域に移住した作家の経験、帝国主義と脱植⺠地化などを取り上げた⽂献を対象とする。戦後「⽇本」という国⺠国家の枠組みの内部で近現代美術史を語ることで隠されてきたトランスナショナルな歴史に焦点を当てる。
- 翻訳決定文献:
8. 80年代
1980年代は、絵画と彫刻に対する関心が再び高まり、ニューペインティングと呼ばれる新表現主義的な絵画が登場した時代である。それと同時に、インスタレーション形式の作品が発表され、女性アーティストの活動が注目を集めた。関西では若手作家を中心とする活発な動きがあり、実験的なグループ展が企画・開催された。また、1980年代末には海外で同時代の作品が活発に紹介され始めた。作家・批評家による同時代の証言から研究者による後年の考察まで、1980年代を特徴づけるこうした動向に関する文献を対象とする。
- 翻訳決定文献:
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- 近藤幸夫「1980年代の日本の現代美術にみるインスタレーションとアイデンティティーの問題」 (1998)
- 坂上しのぶ「80年代考~80年代ニューウェーブをめぐって」 (2008)
9. 写真とメディア
写真や映像、コンピューターなどの新しい技術を⽤いて作品を制作し、新たな表現の可能性を追求した作家やその作品に関する⽂献を対象とする。新しい技術の導⼊はしばしば、⼥性作家を含む周縁的な位置から⾏われており、従来の美術に対する批判的な企てでもあったため、それに関する論考は、技術論にとどまらないものが少なくない。技術に対する美術家の関⼼は世界的な広がりをもつため、同時代の他の地域の作家やその議論との⽐較も視野に⼊れる。
- 翻訳決定文献:
10. 環境/社会/制度
深刻化する地球規模の環境問題を考察する美術実践を視野に⼊れつつ、展⽰施設や芸術祭のあり⽅など、⽇本における美術の「環境」を論じる⽂献を対象とする。本質主義的な傾向がある国⺠⽂化論を乗り越えて、⽇本において社会制度が美術をいかに形作ってきたか、また作家が社会制度とどう向き合ってきたかを考察する。