- 作家名
- 村上隆
- MURAKAMI Takashi (index name)
- Murakami Takashi (display name)
- 村上隆 (Japanese display name)
- むらかみ たかし (transliterated hiragana)
- 生年月日/結成年月日
- 1962-02-01
- 生地/結成地
- 東京都板橋区
- 性別
- 男性
- 活動領域
- 絵画
- 彫刻
- 映像
作家解説
1962年に東京に生まれる。1981年、東京藝術大学美術学部日本画科に入学し、1993年、同大学日本画科において初となる博士号を取得。博士課程在籍中に現代アーティストとして活動をはじめる。村上のアーティストとしての独自の世界観を築く下地となったのは、彼を幼少期から魅了してきた日本の漫画やアニメである。例えば、1994年に東京のスカイザバスハウス(Scai the Bathehouse、東京)で開催されたキャリア初期の個展「明日はどっちだ(Fall in Love)」展で発表された村上のオリジナルキャラクターであるDOB君は、過剰消費に支えられた大衆文化に溢れ、再生産され続けるキッチュなアイコンの存在を批評的に再構成したものである。批評家である松井みどりは、同展カタログで「消費社会の生み出す物品やその経営の方法論に寄生しながら、その精神的空虚さやアモルファスな欲望を映してしまう」(註1)と村上作品を評し、DOB君は資本主義経済の「『増殖』あるいは『反復』へのこだわり」を象徴していると分析した(註2)。
このように、村上はデビュー当初から、高級文化や西洋美術ではなく、日本のサブカルチャーから現代アートの新たな可能性を切り拓くことを試みた。そのようなスタンスは、1989年の冷戦終結後、グローバル経済の勢力を受けて拡張する現代アートシーンが要請したアーティスト像とも重なっていた。多元主義やマルチカルチュアリズムという言葉がキーワードとなり、人種、民族、性別、ジェンダー、階級などの異なる立場から歴史やストーリーを語るアーティストが世界的に活躍するようになる。この潮流は、1994年に、アジアン・カルチュラル・カウンシル(本部、ニューヨーク)の助成でニューヨークに一年滞在した村上が、当時のニューヨークでは「『中心と周縁』というテーマを考える空気が生まれ、僕らマイノリティーがデビューする下地ができてきた」(註3)と回顧したことからも明らかである。このような文化背景の中で、村上は日本独自の文脈を、作品を通して表現する方法を模索するようになり、自身の「核心的なる『美』の基準を培って来た」とする、「日本美術史、漫画、アニメ、オタク、J-POPカルチャー、戦後史、そして輸入された情報としてコンテンポラリーアート史等」(註4)を取り入れた作品を作り出すことになる。とくに、1980年代に広まった日本のオタク文化に、戦後の日本人像を解読する可能性を見出し、オタクの欲望や美意識を批評することを目的とした〈プロジェクトKo2〉シリーズや、初期代表作の《ヒロポン(HIROPON)》と《マイ・ロンサム・カウボーイ(My Lonesome Cow boy)》をはじめとする等身大フィギュア彫刻の製作を開始した。1999年、村上に対するアカデミックな関心が高まるなか、ニューヨークのバード大学キュラトリアル・スタディーズ・センターで村上の個展が開催された。会場では、絵画と彫刻に限らず村上のキャラクターをモチーフとするグッズも展示され、各種メディアを組み合わせることで自身の作品を流通させる目論見が示された。芸術と商業の境界を曖昧にする方法論は、2002年から始まるルイ・ヴィトンとのコラボレーションに繋がっていく。また村上は1999–2000年に、米国の由緒ある国際展「カーネギー・インターナショナル」に出品している。
村上の作家像を語るうえで「スーパーフラット」理論は欠かすことはできない。2000年代に、世界的に大きな影響力を持った芸術論の萌芽が、アートを専門とする媒体ではなく、主にテレビCMや広告をはじめとするマスメディアを批評する月刊誌『広告批評』で展開したことは興味深い。同誌の「TOKYO POP」特集(1999年4月号)で、村上は「拝啓 君は生きている — TOKYO POP宣言」を発表し、戦後期にアメリカの庇護下で培養された、幼稚で、文化的ヒエラルキーが欠如し、アマチュアリズムがはびこるバブル経済期の大衆文化にこそ、日本独自の文化的表現が見られると論じた(註5)。そして、「TOKYO POP」に、「奇想の画家」と呼ばれる江戸時代の日本画家から金田伊功を始めとする現代のアニメーターにまで一貫する、超平面的な空間意識を組み合わせたのが「スーパーフラット」である。日本画と漫画・アニメの平面性と、空虚で浅薄な消費社会をつなげることで、美術と社会を横断する理論を提唱した。日本のローカルな現象を発端としているが、同時に、「高級文化/低位文化」や「芸術/商業」などの境界が崩れ、文化の均一化が進むポストモダン的様相を物語るものとして、国外のアート関係者からも高い関心が寄せられた。
2000年から、村上は自身の芸術論を具現化した展覧会シリーズ「スーパーフラット・トリロジー」のキュレーションを国内外で開始する。第一部「スーパーフラット」展は日本で開催された後、2001年に全米3都市を巡回(ロサンゼルス現代美術館別館ほか)し、各地で大反響を巻き起こした。本展に携わったキュレーターのマイケル・ダーリングがその汎用性を指摘したように、「スーパーフラット」論は芸術と大衆文化のみならず、建築、ファッション、ジェンダー、日本戦後史、文化的均一化が進む世界情勢を説明するものとして、国外の美術史家と日本文化・社会の研究者にとって重要な概念となる(註6)。2002年に、パリのカルティエ現代美術財団で開催されたトリロジー第二部の「ぬりえ」展では、文化とは既存の輪郭線に色を塗るのではなく、新たに輪郭を引くことであるという主張に基づき、日本のサブカルチャーからアートの定説を書き換えることを試みている。そして2005年、村上はニューヨークのジャパン・ソサエティー・ギャラリーで三部作の完結編となる「リトルボーイ」展を開催。本展のタイトルは広島に投下された原子爆弾のコードネームにちなんでおり、会場では日本の現代アートとオタク文化の紹介だけでなく「日本国憲法第9条」が掲示されるなど、日米戦争の後遺症、原爆投下のトラウマ、戦勝国である米国によって去勢された未熟な日本人というテーマから日本文化を俯瞰した。また、第二次世界大戦後に、世界平和の維持を目的に発足した国際連合のヘッドクォーターが入る国際連合本部ビルが会場に隣接していたことも、本展で考察されたテーマがより生々しいものに感じられる要因だったかもしれない。同展は、全米美術評論家連盟による「最も優れたニューヨークの美術館テーマ展」賞を受賞した。
その後、2007年から2009年にかけて、デビュー以降の作品を一堂に会した大回顧展「© MURAKAMI」が欧米4都市を巡回(ロサンゼルス現代美術館ほか)。展示会場に村上とルイ・ヴィトンのコラボレーション商品を陳列したブティックが設置されるなど、商業性を全面に出すことで非営利美術館の「純粋性」を侵害し、論争を巻き起こした。昨今における現代アーティストと高級ブランドの関係がますます強まる傾向を見ると、村上の行為がただの挑発にとどまらず、現代アートの行く末を見抜いていたともいえる。2010年のヴェルサイユ宮殿での大個展では、ルイ14世の治世を象徴する宮殿内にアニメ風の作品を展示。世界を代表するアーティストとしての評価を確実なものとした。
2010年代に入り、村上の作風は大きな変化を見せる。2011年の東日本大震災後に構想された全長100メートルにおよぶ《五百羅漢図》では、狩野一信の《五百羅漢図》(増上寺、東京)を現代に蘇らせ、死者を弔い、絶望する人々に希望を与える宗教画の力を求めた。また、2009年から『芸術新潮』誌上で連載していた辻惟雄との連載企画「ニッポン絵合わせ」や、2017年の「村上隆:奇想の系譜 辻惟雄とボストン美術館のコラボレーション」展(ボストン美術館)などを通して、日本画史への回帰を強めていく。中国・元王朝の陶磁器に描かれた魚をモチーフとした絵画作品《青花》(2022年)のように、ポップ的な要素が薄れた作品も少なくない。芸術に古くから備わっていた普遍的な価値観を、現代美術の領域で表現しようと試みているのではないだろうか。
近年では、故・ヴァージル・アブローとのコラボレーションや、ストリート・アートとNFTアートへの積極的な取り組みを通して、現代美術の固定概念を覆し、アートの可能性を広げ続けている。それは、漫画とアニメを土台にオリジナリティが溢れる作品を制作し、世界に通じる言説を築いたキャリア初期の活動と地続きともいえる。
(矢作学)(掲載日:2024-03-25)
註
1.
松井みどり「村上隆 戦うニヒリスト」、『明日はどっちだ(Fall in Love)』東京:白石コンテンポラリーアート、1994年、p. 23
2.
同上、p. 29
3.
村上隆『村上隆完全読本 美術手帖全記事1992–2012』東京:美術出版社、2012年、p. 40
4.
村上隆「美術家として生きる、『村上隆:召喚するかドアを開けるか回復するか全滅するか』東京:カイカイキキ、2001年、p. 130
5.
村上隆「拝啓 君は生きている-TOKYO POP宣言」『広告批評』1999年4月、pp. 58–59
6.
Michael Darling, ‘Plumbing the Depths of Superflatness,’ “Art Journal,” vol. 60, no. 3, Autumn 2001, pp. 76–89.
- 1991
- 村上隆, 青井画廊, 大阪, 1991年.
- 1992
- アノーマリー, レントゲン藝術研究所, 東京, 1992年.
- 1999
- The Meaning of the Nonsense of the Meaning [意味の無意味の意味], バード大学キュラトリアル・スタディーズ・センター, ニューヨーク, 1999年.
- 1999
- カーネギー・インターナショナル 1999/2000, カーネギー美術館, ピッツバーグ, 1999–2000年.
- 1999
- 日本ゼロ年, 水戸芸術館現代美術ギャラリー, 1999–2000年.
- 2000
- スーパーフラット, パルコギャラリー 東京, パルコギャラリー 名古屋, 2000年.
- 2001
- 召喚するかドアを開けるか回復するか全滅するか, 東京都現代美術館, 2001年.
- 2001
- スーパーフラット, ロサンゼルス現代美術館別館パシフィック・デザイン・センター, ウォーカー・アート・センター, ミネアポリス, ヘンリー・アートギャラリー, シアトル, 2001.
- 2002
- ぬりえ, カルティエ現代美術財団, パリ, 2002.
- 2005
- リトルボーイ: 爆発する日本のサブカルチャー・アート, ジャパン・ソサエティー・ギャラリー, ニューヨーク, 2005年.
- 2007
- ©MURAKAMI, ロサンゼルス現代美術館, ブルックリン美術館, ニューヨーク, フランクフルト現代美術館, ビルバオ・グッゲンハイム美術館, 2007–2009年.
- 2010
- MURAKAMI VERSAILLES, ヴェルサイユ宮殿, フランス, 2010年.
- 2012
- Murakami-Ego, アル・リワーク展示ホール, ドーハ, カタール, 2012年.
- 2015
- 村上隆の五百羅漢図展, 森美術館, 東京, 2015–2016年.
- 2016
- 村上隆のスーパーフラット・コレクション: 蕭白、魯山人からキーファーまで, 横浜美術館, 2016年.
- 2017
- Takashi Murakami: The Octopus Eats Its Own Leg [タコが己の足を食う], シカゴ現代美術館, バンクーバー美術館, カナダ, フォートワース近代美術館, 2017–2018年.
- 2017
- Takashi Murakami: Lineage of Eccentrics: A Collaboration with Nobuo Tsuji and the Museum of Fine Arts (村上隆:奇想の系譜 辻惟雄とボストン美術館のコラボレーション), ボストン美術館, 2017–2018年.
- 2018
- バブルラップ: 「もの派」があって、その後のアートムーブメントはいきなり「スーパーフラット」になっちゃうのだが、その間、つまりバブルの頃って、まだネーミングされてなくて、其処を「バブルラップ」って呼称するといろいろしっくりくると思います。特に陶芸の世界も合体するとわかりやすいので、その辺を村上隆のコレクションを展示したりして考察します。, 熊本市現代美術館, 2018–2019年.
- 2019
- MURAKAMI vs MURAKAMI, 大館, 香港 (Tai Kwun, Hong Kong), 2019年.
- 東京国立近代美術館
- 金沢21世紀美術館, 石川県
- ブロード美術財団, ロサンゼルス
- サムスン美術館リウム, ソウル
- ロサンゼルス・カウンティ美術館
- ボストン美術館
- ニューヨーク近代美術館
- ピノー・コレクション, パリ
- サンフランシスコ近代美術館, カリフォルニア
- ウォーカー・アート・センター, ミネアポリス
- 東京都現代美術館
- 1994
- 白石コンテンポラリーアート編『村上隆展: 明日はどっちだ: Fall in Love』東京:白石コンテンポラリーアート, 1994年 (会場: スカイ・ザ・バスハウス).
- 1998
- 椹木野衣『日本・現代・美術』東京: 新潮社, 1998年.
- 1999
- Cruz, Amanda, Midori Matsui, and Dana Friis-Hansen. Takashi Murakami: The Meaning of the Nonsense of the Meaning. [Exh. cat.]. New York: Center for Curatorial Studies Museum, Bard College in association with H.N. Abrams, 1999 (Venue: The Center for Curatorial Studies Museum, Bard College).
- 1999
- 村上隆「拝啓 君は生きている: Tokyo Pop宣言」『広告批評』226号 (1999年4月): 58–59頁 [自筆文献].
- 1999
- 椹木野衣「『Tokyo Pop』とはなにか?」『広告批評』226号 (1999年4月): 70–78頁.
- 1999
- 森村泰昌, 村上隆「Artとアートのあいだで日本の美術は揺れている」『広告批評』226号 (1999年4月): 86–102頁.
- 2000
- 村上隆編著『Superflat』東京: マドラ出版, 2000年 [自筆文献].
- 2001
- カイカイキキ, 東京都現代美術館編『召喚するかドアを開けるか回復するか全滅するか』東京: カイカイキキ, 2001年 (会場: 東京都現代美術館) [展覧会カタログ].
- 2002
- Kelmachter, Hélène, Hervé Chandès. Takashi Murakami, Kaikai Kiki. [Exh. cat.]. Paris: Fondation Cartier pour l'art Contemporain, Actes Sud, 2002 (Venues: Fondation Cartier pour l'art Contemporain and Serpentine Gallery à Londres).
- 2005
- 村上隆編著『リトルボーイ: 爆発する日本のサブカルチャー・アート [Little Boy: the Arts of Japan's Exploding Subculture]』New York, New Haven: Japan Society , Yale University Press, 2005年 (Venue: Japan Society, New York City) [展覧会カタログ].
- 2006
- 村上隆『芸術起業論』東京: 幻冬舎, 2006年 (『芸術起業論 幻冬舎文庫』東京: 幻冬舎, 2018年) [自筆文献].
- 2007
- Hebdige, Dick, Paul Schimmel. ©Murakami. [Exh. cat.]. Los Angeles; New York: Museum of Contemporary Art; Rizzoli International Publications, 2007 (Venues: Museum of Contemporary Art and Brooklyn Museum of Art and Museum für Moderne Kunst and Guggenheim Museum).
- 2010
- Le Bon, Laurent (commissariat). Murakami: Versailles. Cédric Delsaux (photo), Philippe Dagen, Jill Gasparina (textes). [Exh. cat.]. Paris: Xavier Barral, c2010 (Venue: Château de Versailles).
- 2010
- 村上隆『芸術闘争論』東京: 幻冬舎, 2010年 (『芸術闘争論 幻冬舎文庫』東京: 幻冬舎, 2018年) [自筆文献].
- 2012
- Murakami, Takashi. Murakami: Ego. New York: Skira Rizzoli, 2012.
- 2012
- 村上隆『村上隆 完全読本: 美術手帖全記事 1992–2012 BT Books』美術手帖編. 東京: 美術出版社, 2012年.
- 2014
- 辻惟雄, 村上隆『熱闘 (バトルロイヤル) ! 日本美術史 とんぼの本』東京: 新潮社, 2014年.
- 2016
- 森美術館 [ほか] 編『村上隆の五百羅漢図展』東京: 平凡社; 森美術館, 2016年 (会場: 森美術館).
- 2016
- 『村上隆のスーパーフラット・コレクション: 蕭白、魯山人からキーファーまで』東京: カイカイキキ, 2016年 (会場: 横浜美術館) [展覧会カタログ].
- 2017
- Darling, Michael (ed.). Takashi Murakami: The Octopus Eats its Own Leg. [Exh. cat.]. Chicago,Tokyo,New York: Museum of Contemporary Art Chicago, Kaikai Kiki, Skira Rizzoli Publications, 2017 (Venues: Museum of Contemporary Art Chicago and Vancouver Art Gallery and Museum of Modern Art, Fort Worth).
- 2018
- Nishimura Morse, Anne (ed.) Takashi Murakami: Lineage of Eccentrics; A Collaboration with Nobuo Tsuji and the Museum of Fine Arts, Boston. [Exh. cat.]. Boston: MFA Publications, Museum of Fine Arts, 2018 (Venue: Museum of Fine Arts, Boston).
Wikipedia
村上 隆(むらかみ たかし、1962年(昭和37年)2月1日 - )は、日本の現代美術家、ポップアーティスト、映画監督。有限会社カイカイキキ代表取締役、元カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員教授。学位は博士(美術)(東京芸術大学 1993年(平成5年)。
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- 2023-11-16