福田平八郎

1892（明治25）年2月28日、大分郡西大分町大字駄原486番地（現・大分市王子中町3-17）に、父・馬太郎、母・アン（安）の長男として生まれる。1898（明治31）年に大分県師範学校附属小学校（現・大分大学教育学部附属小学校）に入学。1900（明治33）年に師範学校が春日浦に新築・移転し、この頃、福田家も同校正門前（現・大分市王子中町8–39）に転居して文房具店を開いた。1902（明治35）年同附属小学校を卒業して高等小学校に入学。1906（明治39）年高等小学校を卒業して大分県立大分中学校（現・大分県立大分上野丘高等学校）に入学。1910（明治43）年大分中学校3年の留年が決まると、大分県師範学校附属小学校の訓導であり、かつて福田家に下宿していた首藤雨郊［しゅとううこう］に両親を説得してもらい、京都市立美術工芸学校（美工、現・京都市立美術工芸高等学校）出身の高倉観崖の紹介状を持って京都在住の父の従弟を頼りに画家を志して京都に出る。しかしその年の美工の試験は既に終わっており、京都市立絵画専門学校（絵専、現・京都市立芸術大学）別科に入学する。翌年美工に改めて入学。1915（大正4）年美工を卒業。卒業制作の《雨後》は同校の買上げとなる。同年上級の絵専に進学し､優秀な成績をおさめるも在学中に出品した《桃と女》（1916［大正5］年第10回文部省美術展覧会［文展］、山種美術館、東京）、《驢馬と子供》（1917［大正6］年第11回文展、所在不明）はいずれも落選。同校を1918（大正7）年卒業。卒業旅行として島原半島に遊び、雲仙で見た緬羊をテーマに第12回文展に《緬羊》（1918年、大分県立美術館）を出品するが落選。この作品から「平八郎」という本名の号を使い始める。これ以前は「九州」「素僊［そせん］」の号を用いている。1919（大正8）年文展から改組した第1回帝展（帝国美術院展覧会）に《雪》（所在不明）を出品し、初入選する。1921（大正10）年第3回帝展に《鯉》（皇居三の丸尚蔵館、東京）を出品し特選を受賞、宮内省買上げとなる。同作では水面の鯉と水中の鯉の色彩を、その深度の違いによって繊細に描き分け、水はあえて描かずに完成させ、迫真的な表現を生んだ。日本画家としての画名は一躍高まり身辺が騒がしくなったため、郷里の大分に一時引きこもる。 1922（大正11）年谷口テイと結婚、下鴨西本町（京都）に新居をもつ。この年、菊池契月、西山翠嶂［すいしょう］、西村五雲らによって選考された新人作家による九名会（伊藤草白、堂本印象、登内微笑［とのうちみしょう］、岡本神草、中村大三郎、宇田荻邨［てきそん］、山口華楊、山本紅雲、福田平八郎）の一員となる。同年第4回帝展に《鶴》（所在不明）を出品し、推薦となり、以後帝展への無鑑査出品の資格を与えられる。1924（大正13）年帝展の改革があり展覧会委員に任命される。同年絵専助教授と美工の教諭を兼任する。同年《牡丹》（山種美術館）を出品した第5回帝展で初めて審査員をつとめる。1928（昭和3）年中国に渡り、蘇州、杭州、上海、大連、旅順、奉天など約1カ月の旅を敢行。中国大陸の大自然を見て大いに刺激を受け、この旅行を経て作風の変化が訪れる。1929（昭和4）年第10回帝展に《南蛮黍》（所在不明）を出品。それまでの精緻な作風から一変し、季節風になびく南蛮黍や空一面の鰯雲が自然の生命感を力強く表出する。この作風の変化とほぼ時を同じくして、1930（昭和5）年洋画家や評論家を含む超党派的なメンバー（中川紀元、木村荘八、外狩素心庵［とがりそしんあん］、横川毅一郎、中村岳陵、山口蓬春、牧野虎雄、福田平八郎）で結成された美術研究団体・六潮会［りくちょうかい］への参加は、その芸術の転機を確実なものとした。六潮会展は1932（昭和7）年から1940（昭和15）年まで開催された。洋画家や関東画壇のメンバーとの親交は、狭い視野や因習を打ち破る新鮮な刺激をもたらした。1932（昭和7）年第13回帝展に《漣［さざなみ］》（大阪中之島美術館、重要文化財）を発表。銀の下地に絶妙な疎密の群青線のみで、波の動きと鏡面性を有する水が反射する光を表現した。また説明的な点景モチーフを一切描かず、単純な色と形の造形のみで誰もが記憶にある自然の一瞬を表現したところに革新的な要素があり、伝統的な日本画に一石を投じる作品となった。このような斬新かつ明快な表現は、自然を客観的に見つめることで獲得された。《漣》発表の前年、生涯の趣味となる釣りを始めているが、《漣》制作のきっかけは琵琶湖での釣りの最中に見た湖面の漣の光景であった。 1934（昭和9）年第15回帝展に《花菖蒲》（京都国立近代美術館）を出品。1936（昭和11）年絵専の教授となるが、翌年病気を理由に教授を辞任。以後は絵画制作に専念する。同年、母・アン（安）死去。この頃より、大正期の作品群に見られる地味な色調を払拭するように、清新な明るい色彩を多く採用していく。特に昭和10年代には、徹底した写生を通して得られた斬新な色彩解釈や、その色彩を構成に生かすために、より単純化された明快な色面構成を意識的に取り入れた作画を試みるようになる。1938（昭和13）年第2回新文展に《青柿》（京都市美術館）を出品。同作では真夏の強い太陽の光を受けて、様々に変化して見える柿の葉の色彩を、独自の鮮やかな色彩分割で描いている。1940（昭和15）年、紀元2600年奉祝美術展には《竹》を出品。同作では竹＝緑青という常識を覆すカラフルな竹彩の交響を表現している。1946（昭和21）年父・馬太郎死去。1947（昭和22）年第3回日展には、力強い2本の漆黒の筍と背景の竹の葉の装飾的表現を特徴とする《筍》（山種美術館）を出品、翌1948（昭和23）年第4回日展には《新雪》（大分県立美術館）を出品。同作では庭石に降り積もった直後の新雪をテーマに、庭石のフォルムのみで構成する単純化された構図に、空気を含む軽い新雪が写実的に描かれている。この間、1947（昭和22）年には帝国芸術院会員となり、1949（昭和24）年には日展理事となる。また同年《新雪》など一連の芸術活動に対して第1回毎日美術賞が贈られる。1950（昭和25）年第6回日展に《雲》（大分県立美術館）、翌年第7回日展に《紅葉》（霊友会妙一記念館、東京）を出品。1953（昭和28）年第9回日展には、灼熱の屋根瓦に落ちる雨跡が消えてゆく情景を描いた《雨》（東京国立近代美術館）を発表。同作では屋根瓦の縦横の線がみせる幾何学的な構成に、刹那的な自然現象があわせて表現されている。1954（昭和29）年第10回日展に《鯉》（公益財団法人平木浮世絵財団、東京）を出品。1955（昭和30）年第3回日本国際美術展に《氷》（個人蔵、大分県立美術館寄託）を出品。同作では何気ない水たまりの薄氷の縞模様の造形の面白さに着目した。1958（昭和33）年第1回新日展に《水》（大分県立美術館）を出品。同作では、絶えず揺れ動く水を、緑と青の大胆な色面が揺らぎ変転する様で捉えている。同年、日展常務理事となる。1959（昭和34）年には銀座・松屋で福田平八郎自選展を開催。昭和20年代から30年代前半は、《新雪》、《雨》、《水》などの充実期の代表作に示されているように、単純化された明快な構図が採用され、そこに福田が徹底して行った写生や観察で把握された、自らの感性に響いた自然現象のエッセンスが描かれている。同じ主題を繰り返し描き、絶えず感性を成長させ、構想を深めていく作画姿勢は、斬新な視点を取り入れた戦後のモダンな絵画様式に結実した。 1961（昭和36）年第4回新日展に《花の習作》（京都国立近代美術館）を出品。これが日展最後の出品作となり、以後は画廊や百貨店の主催する小規模の展覧会に作品を発表するようになる。作風は写実や構成に囚われることなく、晩年の自由な心境を反映し、大らかで安寧たる気分が溢れる色彩豊かな造形を特徴とする。同年、文化勲章を受章、また文化功労者に列せられる。さらに第1号の大分市名誉市民に推挙される。1963（昭和38）年妻テイが死去。1965（昭和40）年春頃から下脚部の疲れを覚えるようになる。1967（昭和42）年夏、下脚部の治療のために別府温泉（大分）で療養する。1968（昭和43）年皇居新宮殿竹の間の《竹》が完成する。同年秋、東郷温泉（鳥取）で療養する。1969（昭和44）年日展改組にあたり顧問となる。1972（昭和47）年下呂温泉（岐阜）で療養する。1973（昭和48）年子息・宗平と大分の富貴寺［ふきじ］、臼杵［うすき］、犬飼に遊ぶ。これが最後の帰郷となる。同年、京都市名誉市民として表彰される。1974（昭和49）年3月22日国立京都病院にて気管支肺炎のため死去。享年82。戒名は「彩光院殿照誉春雪馬安大居士」。墓は京都鹿ヶ谷の法然院と大分の西応寺にある。 （宗像 晋作）（掲載日：2023-10-03）