土田麦僊

1887（明治20）年2月9日、新潟県加茂郡井内村（現・佐渡市新穂［にいぼ］）に生まれる。本名は金二［きんじ］。1893（明治26）年、新穂尋常小学校に入学し、在学中から絵の才能を示した。1901（明治34）年、新穂高等小学校を卒業、同校在学中には自ら「北陸」「玉邦［ぎょくほう］」の雅号を使用した。1903（明治36）年、上洛し智積院［ちしゃくいん］に入るが、画家を志して出奔。鈴木松年［しょうねん］に入門を請い、その息子松僊［しょうせん］から教えを受け、「松岳［しょうがく］」号を授かった。1904（明治37）年、一時帰郷ののち再び入洛すると、第9回新古美術品展で新派の隆盛を見て竹内栖鳳［せいほう］に入門し、「麦僊」の号を受けた。1905（明治38）年、第10回展に《清暑》（新潟県立近代美術館・万代島美術館）を出品し、四等賞三席を得る。以後同展には、1906（明治39）年の第11回展に《残陽》（四等賞、海の見える杜美術館、広島）、1907（明治40）年の第12回展に《春の歌》（二等賞一席、焼失）、1909（明治42）年の第14回展に《徴税日》（二等賞二席、焼失）、1910（明治43）年の第15回展に《春山霞壮夫［かすみおとこ］》（二等賞二席、所在不明）などを出品し、京都画壇の新鋭画家として注目を集めた。 1908（明治41）年、第2回文部省美術展覧会（文展）に出品した《罰》（京都国立近代美術館）で三等賞を受賞し、麦僊の名は京都だけでなく東京にも知られるようになる。1909（明治42）年、京都市立絵画専門学校（現・京都市立芸術大学）が開校すると、小野竹喬とともに別科に入学し、竹内栖鳳宅に寄宿。1910（明治43）年、美術史家の田中喜作を中心とする懇談会「黒猫会（ル・シャ・ノワール）」の結成に参加し、新しい芸術の創造をめざすが、会員間の意見対立により翌1911（明治44）年解散し、新たに「仮面会（ル・マスク）」を結成した。 同年、京都市立絵画専門学校を卒業。卒業制作の《髪》（京都市立芸術大学芸術資料館）は第5回文展にも出品され、褒状を受けた。1912（明治45／大正元）年、小野竹喬とともに栖鳳宅から知恩院山内の崇泰院［そうたいいん］に移り住む。同年の第6回文展に出品した《島の女》（東京国立近代美術館）は褒状を受け、文部省買い上げとなる。翌1913（大正2）年の第7回文展には《海女》（京都国立近代美術館）を出品した。これら2作はポール・ゴーギャンなど西洋絵画の影響を強く受けたものであったが、それ以後の文展出品作では日本・東洋の古典絵画への憧憬が画因となっていく。1914（大正3）年、第8回文展に《散華》（大阪中之島美術館）を出品し、褒状を受ける。1915（大正4）年、祇園の舞妓、大道千代と結婚し、粟田口三条広道に新居を構えた。同年の第9回文展に《大原女》（三等賞、山種美術館、東京）、1916（大正5）年の第10回文展に《三人の舞妓》（所在不明）を出品。1917（大正6）年の第11回文展に純然たる花鳥画の《春禽趁晴［しゅんきんちんせい］図》（所在不明）を出品し、好評を得たが無賞に終わった。 こうした文展の審査への不満が一因となり、麦僊は1918（大正7）年、村上華岳、榊原紫峰、野長瀬晩花、小野竹喬とともに自由な作品発表の場を求めて国画創作協会を結成する。同年の第1回国展に《湯女》（東京国立近代美術館）を出品。1919（大正8）年、文展は帝国美術院展覧会（帝展）に改まり、麦僊は無鑑査待遇を与えられたが、これに与することはなかった。同年の第2回国展に《三人の舞妓》（焼失）、1920（大正9）年の第3回展には《春》（一般財団法人野間文化財団、東京）を出品した。 1921（大正10）年、自編の『麦僊画集』を山本画箋堂から刊行。同年10月、黒田重太郎、小野竹喬、野長瀬晩花らとともに欧州遊学に出発、11月パリに到着。1922（大正11）年フランス、イタリア、スペイン、イギリス、ドイツ、オランダ、ベルギー等を旅行する。この欧州遊学の間、麦僊は各地で古今の西洋美術を見て回っただけでなく、西洋絵画の購入や西洋画材による風景画・人物画の研究なども行った。1923（大正12）年3月パリを発ち、5月に帰国した。 同年頃、美術研究所を主宰し、後に画塾を改め「山南社［さんなんしゃ］」と称し、さらに「山南塾」と改名。1924（大正13）年、第4回国展に欧州遊学の成果として《舞妓林泉［ぶぎりんせん］》（東京国立近代美術館）、《鮭之図》（新潟県立近代美術館・万代島美術館）、《蔬菜》（個人蔵）、《大原女（大下絵）》（京都国立近代美術館）などを出品。1925（大正14）年には、国展を改組して洋画部を設けた。1926（大正15／昭和元）年、第5回国展に《罌栗（芥子）》（新潟県立近代美術館・万代島美術館）、《舞妓》（ギメ東洋美術館、パリ）、《大原女（素描）》、《鮭と鰯》（ともに足立美術館、島根）を出品。同年の聖徳太子奉讃展には《鶉》（京都国立近代美術館）を出品した。1927（昭和2）年の第6回国展には、帰国直後から制作を続けた《大原女》（京都国立近代美術館）を出品する。この年、フランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエおよび教育功労章オフィシエ・ド・ランストリュクシオン・ピュブリックを受けた。1928（昭和3）年、第7回国展に《朝顔》（京都国立近代美術館）を出品。しかし、関東大震災による経済的不況で会の運営が厳しくなったことなどを要因として、同年国画創作協会第一部（日本画）を解散した。 1929（昭和4）年、第10回帝展に《罌栗》（宮内省買上、皇居三の丸尚蔵館、東京）を出品し、12年ぶりの官展復帰を果たす。1930（昭和5）年には帝展審査員に任命され、同年の第11回展に《明粧》（東京国立博物館）を出品。以後、《娘》（1931年、第12回帝展、所在不明）、《平牀［へいしょう］》（1933年、第14回帝展、京都市美術館）、《燕子花》（1934年、第15回帝展、焼失）の諸作を発表した。これら昭和期の作品は、理知的な画面構成や洗練された彩色・描線を特徴とし、再興日本美術院展（再興院展）の「新古典主義」にも通じる作風を示した。1935（昭和10）年には帝国美術院会員に任命され、画壇での存在感を強めた。 この時期には小規模団体展への参加も行い、花鳥画を中心とする作品を発表した。日本橋三越が主催した「七絃会［しちげんかい］」には、第1回展（1930年）に《蓮華》（個人蔵）、《麗日》（所在不明）、第2回展（1931年）に《舐瓜図》（埼玉県立近代美術館）、第3回展（1932年）に《黄蜀葵》（足立美術館）、第4回展（1933年）に《山茶花》（新潟県立近代美術館・万代島美術館）、第6回展（1935年）に《歌妓図》（所在不明）などを出品。座右宝刊行会の後藤真太郎の肝入りによる清光会には、第1回展（1933年）に《芍薬》、《菊》（ともに個人蔵）、第3回展（1935年）に《蓮花》（個人蔵）、《舞妓》（所在不明）、三越主催の春虹会にも、第1回展（1935年）に《舞妓図》（所在不明）を出品した。 麦僊は晩年に朝鮮半島への関心を深めた。先述の《平牀》の制作に際して1933（昭和8）年朝鮮旅行を行い、翌年にも渡鮮を予定していたが、弟・土田杏村［きょうそん］の死去で中止となる。1935（昭和10）年秋に再渡鮮を果たし、《妓生［キーセン］の家》草稿を完成させ、本画に着手。しかし1936（昭和11）年罹病し、6月10日膵臓癌のため死去、《妓生の家》は未完となった（韓国国立中央博物館）。法名「麦僊院大空智光居士」。 （長嶋 圭哉）（掲載日：2023-09-26）