- 作家名
- 田名網敬一
- TANAAMI Keiichi (index name)
- Tanaami Keiichi (display name)
- 田名網敬一 (Japanese display name)
- たなあみ けいいち (transliterated hiragana)
- 生年月日/結成年月日
- 1936-07-21
- 生地/結成地
- 東京府
- 没年月日/解散年月日
- 2024-08-09
- 没地/解散地
- 東京都
- 性別
- 男性
- 活動領域
- 映像
- イラストレーション
作家解説
1936年7月21日、東京の京橋にて服地問屋、田名網商店を営む父・茂三郎[しげさぶろう]、母・とし子の元、三人兄弟の長男として生まれた。1943年には芝白金に住む母方の祖父母の家に居住するようになる。ここで空襲を経験し、祖父が巨大な水槽で飼っていた金魚が照明弾の閃光で輝いて見えた光景が、幼い田名網の脳裏に焼き付くこととなった。以降、戦争による死を覚悟した体験、そして過去の記憶というものは田名網の作品制作においてもっとも重要な主題となる。 終戦後、山川惣治による紙芝居や手塚治虫の漫画に夢中になり、自身も漫画家を志し、月刊誌『漫画少年』に投稿を開始する。1953年には阿佐ヶ谷洋画研究所(現・阿佐ヶ谷美術専門学校)でデッサンを学び、独立美術協会の第21回展で油彩画が入選するなど、絵の分野で頭角を現すようになった。この頃、田名網の家の近くにあった目黒パレス座で上映されるハリウッドの西部劇、ウォルト・ディズニーといったアニメーション、B級娯楽映画にのめりこむようになり、戦後にアメリカから流入してきた大衆文化を浴びるように吸収していく。浪人中となる1955年に銀座松坂屋で開催された第5回日宣美展を訪れ、表現主義的な粟津潔のポスターを見てデザインの可能性に開眼した。その翌年、武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)デザイン科に入学。予備校時代に出会った篠原有司男をはじめとした三木富雄、荒川修作、赤瀬川原平、吉村益信といった、のちにネオ・ダダイズム・オルガナイザーズのメンバーとなる面々と親しくするようになる。東京藝術大学も受験していたように、元来芸術家志向の強い田名網は、在学中から沢田重隆らとともにグループ「JUNE」を結成し、定期的に作品発表を行う。一方、学内では当時スイスのデザインが主流な時にあって、田名網が提出した課題はなかなか認められなかったが、1957年に日宣美展に出展したポスター《花嫁と狼》が特選を受賞。これを機に学生でありながらデザインの仕事を徐々に依頼されるようになる。並行して東京都美術館で開催された第10回日本アンデパンダン展と第9回読売アンデパンダン展にも出品し、美術作品の発表も継続した。1960年には板藤泰子[いたふじやすこ]と結婚。大学卒業後は博報堂制作部に所属するが社外の仕事が増え、2年で退社することとなる。この頃、久里洋二のもとで映像制作を開始し、1965年に初の映像作品となるアニメーションを青山・草月アートセンターで上映するなど自身の表現手段を広げていく。 また、複製芸術としての印刷物に興味を示すようになり、1965年に開催した個展でポップアートを強く意識したシルクスクリーン作品《ORDER MADE!!》を発表。印刷物は複製ではなく無数のオリジナル作品であるという発想に基づき、『田名網敬一の肖像』(田名網敬一デザイン事務所、2004年)などのアーティストブックを出版する。精力的にデザインの仕事も行い、1967年からは2年間にわたり、集英社の音楽雑誌『ヤングミュージック』のアートディレクションを担当し、人気ミュージシャンたちを素材にしてポップな誌面デザインを手掛ける。同時期に仕事の合間を縫って、田名網の叔父が所有していた雑誌類を使用してコラージュの制作も行う。次第に田名網が制作する作品とデザインの仕事について作風が一致するようになっていき、田名網は印刷媒体を自身の作品を広く普及させる場として積極的に捉えるようになる。1968年、東京・銀座にあったサイケデリックディスコKiller Joe’sにアートディレクターとして参画。同年、アメリカの『Avant Garde』誌が主催した反戦ポスターコンテストにシルクスクリーン作品《NO MORE WAR》が入選するなど、時代の空気と呼応しながら活動を展開していく。1969年に消費社会を風刺的に取り上げたアーティストブック『虚像未来図鑑』(ブロンズ社)を出版。この頃、自身の肩書を「イメージディレクター」と称するようになり、美術とデザインの領域を横断しながら制作する田名網独自の手法を確立していくようになる。 1970年にはニューヨークを初めて訪れ、ケネス・アンガー、ジョナス・メカス、アンディ・ウォーホルらの実験映画を実見し、刺激を受ける。1971年にはテレビ番組『11PM』(日本テレビ系列で放映)のためのアニメーション制作をはじめ、自らも実験映像を精力的に手掛けるようになり、生涯で70本以上の映像作品を残した。1975年には日本版月刊『PLAYBOY』(集英社)の初代アートディレクターに就任し、趣向を凝らしたデザインで発行部数を大きく伸ばした。 1981年にはこれまでの多忙な生活がきっかけとなり、結核を患って4か月間入院した。毎夜、薬の副作用で幻覚や夢にうなされた経験を日記に書き留めるようになる。1980年に中国を旅行し、神仙思想や中国庭園に関心を抱いていたこともあり、それ以降の作品は入院中の幻覚と鶴、亀といったアジアの吉祥文様、摩天楼が登場する楽園的なイメージを版画や立体作品へとして結実させていった。入院中に死を強く意識した経験から自身の作品制作に時間を割くようになっていく。 1991年からは京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)情報デザイン学科の教授に就任し、週2日は京都に滞在する生活を送る。作品制作のためにまとまった時間が取れず、ドローイングを日常的に行うようになる。自分自身の過去に深く潜る「記憶の検証」を試み、そこから〈記憶をたどる旅〉シリーズへと発展させていった。 2000年代初頭、60年代のグラフィック作品を中心に掲載した作品集『Blow Up』(アムズ・アーツ・プレス、2001年)の出版やギャラリー360°(東京)での展示があり、若い世代を中心にして田名網の作品が改めて知られるようになる。2005年より田名網は南塚真史によって東京・渋谷に設立されたギャラリーNANZUKA UNDERGROUNDの所属となった。海外のアートフェアや美術館での紹介も増え、adidas、マリークヮント、Ground Yなどのファッションブランド、企業やミュージシャンなど世代を超えてコラボレーションを行うなど、活動にさらなる広がりがもたらされるようになる。 2012年には70年代前後に制作した約300点のコラージュ作品が田名網の実家から発見され、これらはニューヨークの近代美術館(MoMA)をはじめとして海外の美術館の所蔵作品となる。自身の過去の作品に触発され、映画雑誌やアメリカンコミックスの切り抜きをコラージュした大きなカンヴァス作品を制作する。 2020年、新型コロナウィルス感染症のパンデミックによって田名網の制作に時間的余裕が生まれたタイミングで、パブロ・ピカソの作品を模写した〈Pleasure of Picasso〉シリーズを開始。そこに写経のような楽しみを見つけた田名網はピカソの模写を継続し、最終的には700点以上が制作された。 2000年代以降、田名網は自身の半生を表すような記憶の曼陀羅図ともいえる大画面の作品制作に取り組んできた。カンヴァスには幼少期から近年の記憶を取り合わせ、極楽浄土のようなユートピア的世界が構築された。戦争と闘病を経験した田名網にとって、死は身近に迫りくる問題であったが、作品を制作すること自体が死への恐怖心や邪念を払拭するための方法でもあったのだ。 2024年8月7日から東京・六本木の国立新美術館にて初となる大規模回顧展「田名網敬一 記憶の冒険」が開催。田名網は開幕直前から療養中であったが、8月9日にくも膜下出血が原因で88歳にて急逝した。亡くなる直前まで妥協なく自身の創作活動に向き合い、1950年代から美術とデザインの領域を横断してきた田名網の先駆的な姿は、引き続きジャンルを超えて若い世代のアーティストたちに刺激を与え続けている。死後多くの作品が残され、また海外の展覧会でも作品が紹介されている状況から、今後さらなる調査研究と評価が期待される。 (小野寺奈津)(掲載日:2026-04-22)
- 1958
- メタリック・アート展, 村松画廊, 東京, 1958年.
- 1965
- 田名網敬一版画展 ORDER MADE!!, 椿近代画廊, 東京. 1965年.
- 1976
- 幼視景 田名網敬一・展, 西村画廊, 1976年.
- 1986
- 田名網敬一の楽園・展 空中回廊, 西武渋谷店シードホール, 東京, 1986年.
- 1992
- 田名網敬一の世界展 森の誘惑, 池田20世紀美術館, 静岡県, 1992年.
- 1994
- 田名網敬一: 版画の仕事: 1967–1994, 川崎市市民ミュージアム, 神奈川県, 1994年.
- 2001
- 田名網敬一: BLOW UP 出版記念展, ギャラリー 360°, 東京, 2001年.
- 2004
- DISCO UNIVERSITY展 (with 宇川直宏), KPOキリンプラザ大阪, 2004年.
- 2011
- 横浜トリエンナーレ, 横浜美術館, 神奈川県, 2011年.
- 2013
- No More War, Schinkel Pavillon ベルリン, ドイツ, 2013年.
- 2015
- International Pop, ウォーカー・アート・センター, ダラス美術館, フィラデルフィア美術館, 2015–2016年.
- 2015
- The World Goes Pop, テート・モダン, ロンドン, 2015–2016年.
- 2018
- Keiichi Tanaami, Guangzhou K11, China, 2018.
- 2019
- Keiichi Tanaami: In Cooperation with Fumetto Comic Festival Luzern, ルツェルン美術館, スイス, 2019年.
- 2021
- Tokyo: Art & Photography Ashmolean Museum, オックスフォード, イングランド, 2021–2022年.
- 2023
- PARAVENTI: Folding Screens from the 17th to 21st Centuries, Fondazione PRADA, ミラノ, イタリア, 2023–2024年.
- 2023
- PARAVENTI: KEIICHI TANAAMI-パラヴェンティ:田名網敬一, プラダ青山, 東京, 2023–2024年.
- 2024
- 田名網敬一: 記憶の冒険, 国立新美術館, 2024年.
- 2024
- Keiichi Tanaami: Memory Collage, マイアミ現代美術館, アメリカ, 2024–2025年.
- 2024
- Keiichi Tanaami: IʼM THE ORIGIN, Daelim Museum, Seoul, 2024–2025.
- ニューヨーク近代美術館
- ウォーカー・アート・センター, アメリカ
- シカゴ美術館, アメリカ
- 国立肖像画美術館 (ナショナル・ポートレート・ギャラリー), アメリカ
- M+, 香港
- Friedrich Christian Flick Collection, スイス
- Hamburger Bahnhof – Nationalgalerie der Gegenwart, ドイツ
- 池田20世紀美術館, 静岡県
- 横浜美術館, 神奈川県
- 千葉市美術館
- 高松市美術館, 香川県
- 1966
- 田名網敬一『田名網敬一の肖像』東京: 新造形社, 1966年. [自筆文献].
- 1969
- 田名網敬一, 原栄三郎『虚像未来図鑑』東京: ブロンズ社, 1969年. [自筆文献].
- 1979
- 田名網敬一『人工の楽園: 田名網敬一のシネ・マーケット』東京: 八曜社, 1979年. [自筆文献].
- 1989
- 田名網敬一『森の掟: 田名網敬一最新画集』東京: 扶桑社, 1989年. [自筆文献].
- 1996
- 田名網敬一, 稲田雅子『一〇〇米の観光: 情報デザインの発想法』東京: 筑摩書房, 1996年. [自筆文献].
- 2001
- 田名網敬一『Blow up: Keiichi Tanaami Poster & Graphic Works 1963–1974』大阪: アムズ・アーツ・プレス, 2001年. (第2版: 京都: 青幻舎, 2004年). [自筆文献].
- 2005
- 田名網敬一『Spiral』京都: 青幻舎, 2005年. [自筆文献].
- 2007
- 田名網敬一『Daydream』東京: グラフィック社, 2007年. [自筆文献].
- 2009
- 田名網敬一『壺中天 田名網敬一』東京: Nanzuka Underground, 2009年. [自筆文献].
- 2010
- 田名網敬一, 森永博志著, 浅原裕久, 加藤基編『幻覚より奇なり』東京: リトルモア, 2010年. [自筆文献].
- 2013
- 田名網敬一『Glamour』東京: Erect Lab., 2013年. [自筆文献].
- 2014
- 「田名網敬一オーラル・ヒストリー. 2013年8月1日」日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ. 更新日2014-12-31. http://www.oralarthistory.org/archives/tanaami_keiichi/interview_01.php
- 2016
- 田名網敬一『小菊の香り Ele-king books』東京: Pヴァイン; Koenig Books, 2016年. [自筆文献].
- 2016
- 田名網敬一『Dream Fragment: 夢のかけら Ele-king books』東京: Pヴァイン, 2016年. [自筆文献].
- 2017
- 田名網敬一『貘の札』東京: Hioshina, 2017年. [自筆文献].
- 2017
- 田名網敬一『夢の悦楽』東京: 東京キララ社, 2017年. [自筆文献].
- 2021
- 篠原有司男著, 田名網敬一監修『Letter from New York: 篠原有司男から田名網敬一へ、50年の書簡集』東京: 東京キララ社, 2021年.
- 2024
- Ascari, Alessio. “Keiichi Tanaami.” New York: Rizzoli, 2024.
- 2024
- 我孫子祐一編『Quo Psyche 魂の行方 田名網敬一作品集』[東京]: afumi, 2024年.
- 2024
- 国立新美術館編『田名網敬一 記憶の冒険』京都: 青幻舎, 2024年(会場: 国立新美術館)[展覧会カタログ].
Wikipedia
田名網 敬一(たなあみ けいいち、1936年7月21日 - 2024年8月9日)は、日本のアーティスト、グラフィックデザイナー、イラストレーター、映像作家。
- VIAF ID
- 154149106009668490677
- ULAN ID
- 500463710
- AOW ID
- _1ede3583-2859-4b6b-9aa8-5010e4e7e064
- NDL ID
- 00081222
- Wikidata ID
- Q1737904
- 2024-10-11