- 作家名
- 辰野登恵子
- TATSUNO Toeko (index name)
- Tatsuno Toeko (display name)
- 辰野登恵子 (Japanese display name)
- たつの とえこ (transliterated hiragana)
- 生年月日/結成年月日
- 1950-01-13
- 生地/結成地
- 長野県岡谷市
- 没年月日/解散年月日
- 2014-09-29
- 性別
- 女性
- 活動領域
- 絵画
- 版画
作家解説
辰野登恵子は、東京藝術大学絵画科油画専攻在学中に、同級生の柴田敏雄および鎌谷伸一とともに、コスモス・ファクトリーという名のグループを結成し、写真製版によるシルクスクリーンの試作をしたり、グループ展を開催したりといった活動を始めた。シルクスクリーンは、アメリカのポップ・アート、とりわけアンディ・ウォーホルに触発されたもので、たとえば辰野が大学3年生の時に制作した等身大の《Self-portrait》(1970年)は、大きな色面で塗り分けたカンヴァスの上に、自分自身の全身像の写真をシルクスクリーンでプリントした、まさしくウォーホルばりの自画像であった。
作家としての独自性が現れる最初の作品群も、シルクスクリーンによるもので、グラフ用紙のような幾何学的なグリッドや、円を規則的に並べたパターン、既製品の事務用の罫紙などを写真製版したイメージをベースに、手描きの描線を刷り重ねたり、あるいは罫線の一部を塗り消して版を改変したものを刷り重ねたりしたものである。その後は、同じグリッドやストライプのモティーフを用いながら、シルクスクリーンの技法を用いた作品と並行して、色鉛筆等によるドローイングや、カンヴァスに色鉛筆やアクリル絵具で繊細なストライプを描いた絵画作品なども制作しており、辰野の関心が、版画制作に限定されるものではなく、むしろ規則的で連続的な形態の反復という側面に向けられていたことを示している。
1960年代後半以降の日本の現代美術は、もの派やコンセプチュアル・アートなどといった、「作らない」芸術のラディカリズムが支配的であったが、1970年代後半になると、方法論的でシステミックな実践を通じて「描くこと」や「作ること」に立ち戻ろうとする動きが、とくに若い世代を中心に現れる。そのような状況の中で、辰野も、これらグリッドやストライプをモティーフとした作品によって、世代を代表する新進作家として注目されるようになった。この時期の作品は、表面的に類似していたアメリカのミニマル・アートとの類縁性を指摘されることもあるが、辰野の関心は、むしろ規則的で連続的な形式に対して、それとのずれやゆらぎを示す要素を挿入することによって、断絶や推移などを提示することにあり、超越的で無時間的な幾何学的構造自体にはなかった。ミニマル・アートとの近似についても、辰野自身はそれを、むしろ後になって知ったものであると述べている。
さて、しかしながらこのような作品、とくにカンヴァス上の絵画作品について、画家は、平面上の絵画としての質が担保されていないと感じていたように思われる。それゆえ、アーシル・ゴーキー、マーク・ロスコ、クリフォード・スティルらのアメリカ抽象表現主義の絵画の再検討から出発し、「絵画の平面性を突き詰め」ることによって、タブラ・ラサから絵画を再構築する試みに着手する。具体的には、モティーフや形象には依拠することなく、「色の持つイリュージョンだけを頼りに」、カンヴァスに絵具を乗せては削りという作業をひたすら繰り返すことによって、一つの強度を持った絵画=平面を実現しようとするものであった。《WORK 79-P-15》(1979年、いわき市立美術館)をはじめとする「Art Today ’80 絵画の問題展〈ロマンティックなものをこえて〉」展(1980年、西武美術館、東京)に出品された作品群がそれにあたり、それ以後の辰野の絵画の探求の起点となるのである。
1980年代に入ると、モノクロームに近い画面を形成するストロークの中から、S字形の形象が浮き上がり、アラベスク状に連続して、辰野の絵画はダイナミックな空間性を孕み始める。画家は、S字形が連続する唐草模様に続き、花柄と波型を組み合わせた形象、矩形がダイヤモンド型に連なる形象、不規則な円や丸の連なりなどのいくつかの形態的なモティーフを手がかりとしながら、絵画的な絵画の構築を探求していった。花柄と波型の組み合わせは、ニューヨークの古いビルの鉄製の階段をモティーフとしたマーク・フェルドスタインの写真(“Unseen New York. Photographs by Mark Feldstein,” New York: Dover, 1975に掲載)から引用されたものであり、ダイヤモンド型に連なる矩形は、浴室や洗面所などのタイル張りの壁面に見出されるような、まったくありふれたパターンである。すなわちこれらは、辰野が以前の作品で用いていたグリッドや罫線などと同様、それ自体は意味を持たない匿名的なモティーフであり、ただ絵画空間を展開するための、いわば口実のようなものとしてのみ、画面上で用いられているのである。それらは、色調、明度、彩度の差異、そして筆触の有無や加減によって、隣接する部分どうしの、また部分と全体との間に、さまざまな関係性を生み出す。こうして画面は、空間的なイリュージョンやヴォリュームと平面性とが対立し、交錯し、融解し、図と地の関係が反転し、といった具合に、さまざまな空間性が共存する一つの全体として知覚されることになる。絵画空間としてしか体験することができない、このような空間性は、辰野の絵画の重要な特徴であり、また魅力であった。こうして辰野は、1980年代の日本の現代美術シーンにおける、いわゆる「絵画の復権」を代表する画家として、さらには世代を代表する抽象画家としての、高い評価を確立することになる。
1990年代初め頃から、辰野の絵画は新たな展開を見せる。画面の中の形態が整理され、はっきりと三次元的なヴォリュームを暗示するような陰影が付与され、重力を感じさせるようになっていくのである。それとともに色彩も、藍と黄、セルリアンブルーとピンク、緑と赤など、補色とは言わないまでも、コントラストを示すような色調の組み合わせに還元されるようになっていく。それは、モダニズム的な平面性とイリュージョン性とのやり取りを超えたところに、新たな絵画性を求めようとしたものと言えるだろう。辰野は、「絵具というものは、そもそもヴォリュームや空間や重力などのイリュージョンを作り出すために作られている」(註1)と述べる。そこで実現されているのは、絵画ならではの、絵画でしか実現し得ない、虚構のヴォリュームであり虚構の空間なのである。
2000年代の辰野の絵画は、この方向性をさらに押し進めたもので、作品によっては、箱を積み重ねたようなモティーフや、布を丸めたようなモティーフなど、より具体的な対象物との類似が、多く認められるようになり、モティーフや色調のヴァリエーションも多様化していく。また、画家自身も認めていたように、ものと周囲、空間、背景との関係性や、空間そのものをどのように描き出すかという点に、関心が注がれるようになったことも、この時期の特徴であった。
とはいえこれらのモティーフも、初期の1970年代の版画やドローイングに見られたグリッドや罫線と同様に、それ自体としては特に意味を持つものではなく、絵画を実体化させるための一種のきっかけ、口実にすぎない。そうして実現される絵画は、具体的なものに見えるかもしれないが、まぎれもない一つの抽象なのである。絵を描くことの本質は、抽象的な作業であり、いかなる画家も、「セザンヌであれマティスであれ、対象から離れて(…)抽象的な空間を探す」(註2)のであると辰野は述べている。
「今の私の絵は、抽象画とは言えないかもしれません。具象とも抽象とも言えない絵画。これからの絵画の可能性は、もうそういうところにしか残っていないのではないかと思います」(註3)。
最後に、辰野が、絵画制作と並行して、折に触れて版画の制作にも精力を傾注したことにも触れておきたい。辰野の版画は、絵画や素描の再現や複製を目的としたものとは異なり、エッチング、シルクスクリーン、リトグラフ、木版など、さまざまな版形式に積極的に取り組み、それぞれの技法の特徴を活かした表現を試みた作品となっている。その意味では、質の高いひとつの独立した表現として、評価すべきものであろう。
(南 雄介)(掲載日:2025-03-03)
註
1
『与えられた形象:辰野登恵子 柴田敏雄』(会場:国立新美術館)、東京:国立新美術館、2012年、80頁。
2
同上書、80頁。
3
同上書、90頁。
- 1974
- 辰野登恵子シルクスクリーン作品展, 村松画廊, 1974年.
- 1980
- 絵画の問題展: ロマンティックなものをこえて: Art Today '80, 西武美術館, 1980年.
- 1984
- 現代美術への視点 メタファーとシンボル, 東京国立近代美術館, 国立国際美術館, 1984–1985年.
- 1987
- Toeko Tatsuno: Paintings 1984–87, ファビアン・カールソン・ギャラリー, ロンドン, アート・ナウ・ギャラリー, ヨーテボリ, 1987年.
- 1989
- 辰野登恵子新作展, 佐谷画廊, 1989年.
- 1989
- Japan '89 : Europalia 89: Japan in Belgium, The Municipal Museum of Contemporary Art, Ghent, Belgium, 1989–1990.
- 1990
- ミニマル・アート, 国立国際美術館, 1990年.
- 1990
- JAPAN Art Today: Elusive Perspectives: Changing Visions, The Cultural Centre of Stockholm, Stockholm, Sweden and The Exhibition Hall Charlottenborg, Copenhagen, Denmark and The Helsinki Municipal Art Museum, Helsinki, Finland and The Reykjavik Municipal Art Museum, Reykjavik, Iceland, 1990–1991.
- 1992
- 辰野登恵子展, ギャラリー米津, 1992年.
- 1994
- 戦後日本の前衛美術, 横浜美術館, 1994年.
- 1994
- Japanese Art After 1945: Scream against the Sky, グッゲンハイム美術館ソーホー, サンフランシスコ近代美術館, 1994–1995年.
- 1994
- 第22回サンパウロ・ビエンナーレ, シッシロ・マタラッツォ・パビリオン, サンパウロ, 1994年.
- 1995
- 開館記念展: 日本の現代美術1985–1995, 東京都現代美術館, 1995年.
- 1995
- 視ることのアレゴリー: 1995絵画・彫刻の現在: 第1期: 表層: 矛盾の包摂, セゾン美術館, 1995年.
- 1995
- 辰野登恵子: 1986–1995, 東京国立近代美術館, 1995年.
- 2003
- 絵画の現在: 11人の作家による11の展覧会: 新潟県立万代島美術館 開館記念展I, 新潟県立万代島美術館, 2003年.
- 2007
- 辰野登恵子, 珍画廊・ジーンアートセンター, ソウル, 2007年.
- 2010
- 辰野登恵子 新作展, BLD Gallery, 2010年.
- 2011
- 辰野登恵子展: 抽象: 明日への問いかけ, 資生堂ギャラリー, 2011年.
- 2012
- 与えられた形象: 辰野登恵子 柴田敏雄, 国立新美術館, 2012年.
- 2013
- ミニマル/ポストミニマル: 1970年代以降の絵画と彫刻, 宇都宮美術館, 2013年.
- 2016
- 辰野登恵子の軌跡: イメージの知覚化, BBプラザ美術館, 2016年.
- 2016
- 辰野登恵子: 愛でられた抽象: 宇都宮美術館コレクション展特集展示, 宇都宮美術館, 2016年.
- 2018
- 辰野登恵子: On Papers: A Retrospective 1969–2012, 埼玉県立近代美術館, 名古屋市美術館, 2018–2019年.
- 愛知県美術館
- いわき市立美術館, 福島県
- 宇都宮美術館, 栃木県
- 国立国際美術館, 大阪
- 千葉市美術館
- 東京国立近代美術館
- 東京都現代美術館
- 横浜美術館
- ソウル市立美術館
- フレデリック・R. ワイズマン美術財団, ロサンゼルス
- 1978
- 辰野登恵子, 早見尭「平面の構成について 現代との対話, 2」『みづゑ』880号 (1978年7月): 80–87頁.
- 1980
- 西武美術館編『絵画の問題展: ロマンティックなものをこえて Art Today ’80』[東京]: 西武美術館, 1980年 (会場: 西武美術館).
- 1987
- “Toeko Tatsuno: Paintings 1984–87.” Organised by Clive Adams, Maria Eugenia Carlsson, and Felicity Fenner. London: Fabian Carlsson Gallery, 1987 (Venue: Fabian Carlsson Gallery). [Exh. cat.].
- 1989
- 『辰野登恵子: 新作展 Catalogue, no. 71-1989』[東京]: [佐谷画廊], [1989]年 (会場: 佐谷画廊).
- 1989
- 『辰野登恵子展』[東京]: [ギャラリー米津], 1989年 (会場: ギャラリー米津).
- 1990
- 『辰野登恵子』松戸: 後藤美術館, 1990年 (会場: 後藤美術館). [展覧会カタログ].
- 1991
- 『辰野登恵子展』[東京]: [ギャラリー米津], 1991年 (会場: 東京アート・エキスポ(晴海会場)).
- 1994
- “Bienal de São Paulo, Japão.” Vol. 1994. Tokyo: Kokusai Bunka Shinkokai (Japan Foundation), 1994. [Exh. cat.].
- 1995
- 東京国立近代美術館編『辰野登恵子: 1986–1995』[東京]: 東京国立近代美術館, 1995年 (会場: 東京国立近代美術館).
- 1995
- 「特集 辰野登恵子 1986–1995」『現代の眼: 東京国立近代美術館ニュース』490号(1995年9月): 1–6頁.
- 1997
- 佐谷画廊編『辰野登恵子: 新作絵画展』東京: 佐谷画廊, 1997年 (会場: 佐谷画廊).
- 1998
- 「巻頭特集 辰野登恵子 絵画と版画 1974–1998」『版画芸術』102号 (1998年12月): 59–100頁.
- 2001
- 『辰野登恵子』東京: 西村画廊, 2001年 (会場: 西村画廊). [展覧会カタログ].
- 2007
- Tatsuno, Toeko, and Jean Art Gallery・Jean Art Center, eds. “Toeko Tatsuno.” Seoul: Jean Art Gallery・Jean Art Center, 2007 (Venue: Jean Art Gallery・Jean Art Center). [Exh. cat.].
- 2011
- 『辰野登恵子展: 抽象; 明日への問いかけ』東京: 資生堂企業文化部, 2011年 (会場: 資生堂ギャラリー).
- 2012
- 国立新美術館編『与えられた形象: 辰野登恵子 柴田敏雄』東京: 国立新美術館, 2012年 (会場: 国立新美術館). [展覧会カタログ].
- 2015
- 大原美術館編『辰野登恵子: 平成24年秋の有隣荘特別公開』倉敷: 大原美術館, 2015年(会場: 大原美術館有隣荘) [展覧会カタログ].
- 2016
- 福島文靖編『辰野登恵子: 愛でられた抽象; 宇都宮美術館コレクション展特集展示』[宇都宮]: 宇都宮美術館, 2016年 (会場: 宇都宮美術館).
- 2018
- 三上豊編著『辰野登恵子アトリエ』桜井ただひさ撮影. 東京: せりか書房, 2018年.
- 2018
- 辰野登恵子『辰野登恵子: オン・ペーパーズ (Tatsuno Toeko: On Papers; A Retrospective 1969–2012)』京都: 青幻舎, 2018年 (会場: 埼玉県立近代美術館, 名古屋市美術館). [展覧会カタログ].
- 2019
- 東京文化財研究所「辰野登恵子」日本美術年鑑所載物故者記事. 更新日2019-06-06. (日本語) https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/247377.html
日本美術年鑑 / Year Book of Japanese Art
「辰野登恵子」『日本美術年鑑』平成27年版(511-512頁)画家で、多摩美術大学教授の辰野登恵子は、9月29日、転移性肝癌のため死去した。享年64。 1950(昭和25)年1月13日、長野県岡谷市に生まれる。68年3月、長野県諏訪二葉高等学校を卒業、同年4月東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻に入学。72年3月、同大学を卒業、同年4月同大学大学院美術研究科油画専攻に進む。74年3月、同大学院修士課程修了。 在学中から、ポップアート、ミニマルアートの隆盛に敏感...
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辰野 登恵子(たつの とえこ、1950年1月13日 - 2014年9月29日)は、長野県岡谷市出身の抽象絵画の画家、版画家。多摩美術大学教授。
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- 2025-03-17