高村光太郎

1883年、東京市下谷区（現・台東区）に生まれる。本名は光太郎［みつたろう］。父は仏師の高村光雲で、幼少より父から小刀を与えられ、彫刻家になることが期待された。実弟に彫金家の高村豊周［とよちか］がいる。1897年、東京美術学校（現・東京藝術大学）予科に入学、翌年本科彫刻科に進む。在学中は同級生と回覧雑誌を作り、「朶木庵［だぎあん］」または「千朶木庵［せんだぎあん］」の名で執筆する。1900年、『読売新聞』の「俳句はがき便」に「鷗村［おうそん］」の名で応募し、入選を果たす。この頃短歌にも興味を示し、与謝野鉄幹の浪漫主義に共鳴して彼が主宰した新詩社に加わり、雑誌『明星』に「篁砕雨［たかむらさいう］」の名で短歌を投稿し、掲載される。1900年、東京美術学校の卒業生と在校生を中心として結成され、大村西崖の主唱する自然主義の思想を柱として活動した彫塑会の第1回展覧会に《観月》、翌年の第2回展に泉鏡花の小説から想を得て制作した、非現実的な雰囲気をもった《まぼろし》を出品。1902年、東京美術学校彫刻科木彫を卒業。卒業制作は青年期の日蓮を表現した《獅子吼》（東京藝術大学）で、この頃は文学的傾向の強い作品を制作していた。 1903年、東京彫工会、彫塑同好会に所属。同年、ロダンの作品《詩》の写真を見て感銘を受ける。1904年、イギリスの美術雑誌『ステュディオ』に掲載されたロダンの《考える人》に大きな衝撃を受け、翌年東京の丸善で購入したカミーユ・モークレールの評伝『オーギュスト・ロダン』の英訳本を繰り返し熟読し、ロダンへの傾倒を深めていった。当時の東京美術学校には西洋彫塑を本格的に学べる学科がなかったため、1905年に同校の西洋画科に入学して独自に研究を進めたが、美術史家の岩村透の勧めで翌年渡米、ニューヨークのアート・ステューデンツ・リーグの夜学で木墨画や彫塑を学び、翌年同校の特待生となる。このニューヨーク滞在中にメトロポリタン美術館で初めてロダンのブロンズ作品《ヨハネの首》を見たほか、彫刻家の荻原守衛［おぎはらもりえ］を知り、生涯の親友となった。ロンドン滞在を経て、1908年よりフランス・パリに赴き、アカデミー・ド・ラ・グランド・ショーミエールの夜間クラスでクロッキーを学び、昼はアトリエで彫刻制作を行ったが、もっぱら美術館見学などに時間を使い、ロダンのアトリエを訪問するも面会することはなかった。 帰国した1909年、画家と詩人が集い、東京の隅田川をパリのセーヌ河に見立ててデカダンスの情調に耽ったパンの会に参加。1910年、文展評「第三回文部省展覧会の最後の一瞥」（『スバル』1月号）において、十分な自然観照と構築性を欠いた文展の彫刻を批判した。同年、『スバル』4月号に美術批評「緑色の太陽」を発表。芸術の絶対の自由を主張したこの批評は、日本における最初の印象主義宣言といわれている。また、同年に彼が神田淡路町（東京）に開いた琅玕堂［ろうかんどう］はわずか1年で閉店したものの日本初の画廊であり、この時期の光太郎は思想と行動において美術界の最先端にいた。 1912年、齋藤与里、岸田劉生、木村荘八［しょうはち］、萬鉄五郎らと結成したヒュウザン会（のちフュザン会）に参加し、洋画と彫刻を出品する。1914年、洋画家として活動を始めていた長沼智恵子と結婚。デカダンスの生活から抜け、自然を絶対的な存在と見なす生活を送るようになる。同年には処女詩集『道程』（東京：抒情詩社）を自費出版し、その後も詩作は重要な創作活動であったが、光太郎にとってあくまでも詩は彫刻の「安全弁」であり、自身は彫刻家であるという意識を持ち続けた。 光太郎はその頃西洋では一般的だった裸婦像の制作に関しては寡作であり、1917年に何かの事情でかくまった女性をモデルにして作った、みずみずしい美しさをもった小品の《裸婦坐像》（京都国立近代美術館）が、のちに十和田湖畔に建設した《十和田国立公園功労者顕彰記念碑のための裸婦像》（通称《乙女の像》）を除いて現存する唯一の裸婦像である。 また、大正期半ばから、ロダンと同様に手をモチーフとした作品をいくつか連作しているが、1918年頃の《手》（東京国立近代美術館ほか）が仏像の印相からインスピレーションを得て制作されたように、そこには光太郎独自の解釈が見られる。 ロダンが没する前年の1916年に『ロダンの言葉』（東京：阿蘭陀書房）を刊行、その後も『続ロダンの言葉』（東京：叢文閣、1920年）、評伝『ロダン』（東京：アルス、1927年）と、ロダンの造形思考を国内に広める作業を続けたが、光太郎の内部では、この頃からロダンが絶対的な尊敬の対象から相対的な存在へと変わり始めており、パリ留学時代に訪れたことのあるノートル・ダム大聖堂に自身の内面的葛藤を重ねた長詩「雨にうたるるカテドラル」（第2次『明星』1–1、1921年11月号）には、ロダンと決別して日本の木彫に取り組む決意が込められている。 注文に応じて制作・頒布を行う「木彫小品を頒つ会」の設立を『明星』1924年9月号の誌面で発表した頃より、文鳥、桃、蝉、鯰、栄螺［さざえ］などをモチーフとした小さな木彫作品を数多く手がけ、その一部を1927年から翌年にかけて2回開催された大調和美術展覧会に出品する。智恵子との貧困生活から抜け出すことを目的としたものであったが、ロダンをはじめとする西洋彫刻の造形世界を日本の伝統的な彫刻技術において確認する作業ともなり、小品とはいえ一個の広大な宇宙を内包している。また、木彫の小品制作をさかんに行ったこの時期は光太郎の彫刻理論が文章化された時期でもあった。「彫塑総論」（『アルス大美術講座 3–4巻』東京: アルス、1925年）、「彫刻十箇條」（『思想』56号、1926年）、「現代の彫刻」（『岩波講座世界文学 第8』東京：岩波書店、1933年）などの一連の著作は、ロダンから離れて近代日本彫刻の樹立を目指す実践を示していると考えられる。 1911年の《光雲還暦記念像》（現在は《光雲の首》［個人蔵］として首部のみを残す）や1915年の自身初の依頼制作である《園田孝吉［そのだこうきち］寿像》（碌山美術館ほか）以降、すぐれた肖像彫刻も数多く残しており、《大倉喜八郎の首》（1926年、個人蔵）、《黒田清輝胸像》（1932年、東京藝術大学）、《成瀬仁蔵［なるせじんぞう］胸像》（1933年、日本女子大学、東京）、《光雲一周忌記念胸像》（1935年、碌山美術館、長野）などがある。それらは、1人の人間の存在が肖似性をこえて具現化された精神の形象であり、光太郎の真価が最も発揮されている。 光太郎は特定の美術団体に所属し活動することはほとんどなかったが、1928年に国画創作協会が分裂して生まれた国画会の彫刻部新設に際して会員となる。ただし、自らは出品することはなかった。 1929年、作家の田村松魚［しょうぎょ］との筆録で万里閣書房より父・光雲の自伝的回想録『光雲懐古談』を刊行。同年、智恵子の実家の長沼家が破産し、一家が離散する。この頃から智恵子が心身に変調をきたすようになり、光太郎にとって経済的困窮と、芸術における近代と日本の相克がもたらす葛藤に加えて大きな苦悩となった。 1938年の智恵子の没後、『智恵子抄』（東京：龍星閣、1941年）、『美について』（東京：道統社、同年）、『造形美論』（東京：筑摩書房、1942年）、『某月某日』（東京：龍星閣、1943年）、「暗愚小伝」（『展望』19号、1947年7月）などの詩集、評論集、随筆集を相次いで刊行したが、彫刻制作は停滞ぎみとなる。 太平洋戦争が始まる前年の1940年に大政翼賛会の中央協力会議員に就任、その後も戦況が進むにしたがい、1942年に清水多嘉示［たかし］、中村直人［なおんど］、長沼孝三らによって「モニュマンタル芸術運動の具体化」を謳って設立された造営彫塑人会の顧問になるなど、「芸術による国威宣揚」に積極的に関わる一方、戦争詩をはじめ時局に関する文章を多数発表した。 1945年4月13日の空襲でアトリエを焼失して多くの作品を失い、岩手県花巻に疎開。敗戦後は同県太田村に移り、戦時中の戦争協力に対する自省の中で簡素な小屋で農耕自炊の生活を送る。 1947年、日本芸術院会員に推挙されるが、辞退。1953年、《乙女の像》を完成させ、十和田湖畔に設置される。1956年3月29日にこの裸婦像を制作するために借用していた中野区の故・中西利雄のアトリエで吐血し、4月2日に73歳で逝去。智恵子が眠る豊島区駒込の染井霊園に埋葬された。 （藤井 明）（掲載日：2023-09-27） ＊解説中で所蔵先を示す作品は完成作である。