高橋由一

文政11年2月5日（太陽暦では1828年3月20日）、下野国佐野藩士・高橋源十郎の嫡子として江戸大手前の藩邸内で生まれる。幼名は猪之助［いのすけ］、のち佁之介、維新後、由一と改める。幼くして両親が離婚したため、堀田家の家臣であり剣術を家業としていた祖父の源五郎に養育される。9歳の時、藩主・堀田正衡の近習を勤め、12、3歳の頃に狩野洞庭に運筆法を学ぶ。その後、狩野探玉斎［たんぎょくさい］に就くが基本的には家業の武術に励んだ。しかし、体が弱かったことを理由に武術者になることを諦め画業に専念することを許される。吉沢雪菴［せつあん］の門に入るが、繁務のため修業は進まなかった。嘉永年間（1848–1854年）に友人から借りた洋製石版画が真に迫っていたことに衝撃を受け、これを機に洋画を志す。1862年、幕府の洋学研究所である洋書調所画学局に入局、川上冬崖から指導を受ける。1864年には開成所画学局出役介となるが、ここでの研究に満足できず、1866年に横浜のチャールズ・ワーグマンに入門、油彩画の技術を学ぶ。この頃の制作と考えられる《丁髷姿の自画像》（1866年頃、笠間日動美術館、茨城）は、日本人がはじめて本格的な油彩画で描いた自画像である。 1872年、湯島聖堂（東京）における日本最初の博覧会に《ヒマラヤの図》、《世界第二の大瀑布》、《牧牛図》（いずれも所在不明）を出品。また、この年には《花魁》（1872年、東京藝術大学、重要文化財）を描き、洋画家としての活動が顕著となる。1873年に開催されたウィーン万国博覧会に出品のため、《富嶽大図》（所在不明）、《旧江戸城之図》（1872年、東京国立博物館）、《国府台真景図》（1872年、東京国立博物館）を制作する。この頃、日本橋浜町（東京）に転居し、1873年6月にはここに画塾・天絵社［てんかいしゃ］（1879年から天絵学舎）を開設する。画塾では、毎月のように油画展観会が開催され、毎回多くの新作が発表された。弟子には原田直次郎、安藤仲太郎［なかたろう］、息子の源吉らがいた。 1876年、工部美術学校の教師として来日したアントニオ・フォンタネージに教えを受ける。高橋由一の画業は大きく前半と後半とにわけることができるが、前半は天絵学舎を中心として江戸から東京へと生まれ変わる激動の時代のなかで、歌川広重らが描いた名所を題材に描く風景画や、日常的な事物や食材などを描く静物画、そして注文に応じて描く肖像画によって油絵を普く広げようという活動に精力的であった。この時期の代表作である《鮭》（1877年頃、東京藝術大学、重要文化財）は、写実的な油彩画技法を駆使しながらも、西洋画にはない題材を紙を支持体として描き、吊るされた鮭に合わせて細長い画面形式を用いるなど日本的で独創的な表現がみられる。 活動を讃岐の琴平や東北地方に広げた1880年から晩年までを画業の後期とする。1880年12月から翌年1月まで琴平に滞在し金刀比羅宮に奉納するための作品を多数制作する。1881年7月には山形県令三島通庸［みちつね］の委嘱をうけて東北地方へ出発、山形では新道の風景を油彩画で数点描く。開通式に明治天皇の行幸があった栗子山トンネルを描いた《栗子山隧道［くりこやまずいどう］図》（1881年、宮内庁）は、東北地方の近代化を象徴する記念碑的な作品である。山形での仕事を機に1884年には栃木県令となった三島の委嘱により栃木・福島・山形の新道を写生し石版画の連作を制作した。 晩年の1892年に、病中だった由一の回想記を息子の源吉が編集し、私家版の「高橋由一履歴」を刊行。翌1893年、旧天絵学舎社中主催により洋画沿革展覧会（近源亭跡地、東京・京橋区新富町［現・中央区新富］）を開催する。司馬江漢、川上冬崖、フォンタネージの肖像画を展示し、関係作品を集めて自らの画業を近代日本洋画史のなかに総括した。1894年7月6日、北豊島郡日暮里村の自宅で死去した。 高橋由一は、単に近代になって油絵を描いた最初の画家というに留まらない。その画業は、そのまま洋画拡張のための事業でもあった。画塾を開いて後進を育て、定期的に展覧会を開催して作品発表の場をつくり、美術雑誌『臥遊席珍』（白受社）を刊行し、実現はしなかったが「螺旋展画閣」という洋画専門の美術館建設構想を持っていた。また、油絵の実用的な面をアピールし肖像画や記録画などで需要に応えようと働きかけた。そうした画業と事業の記録は本人の手によりアーカイブ化され、今日「高橋由一油画史料」（全5巻、東京藝術大学）として見ることができる。 （古田 亮）（掲載日：2024-01-17）