- 作家名
- 篠原一男
- SHINOHARA Kazuo (index name)
- Shinohara Kazuo (display name)
- 篠原一男 (Japanese display name)
- しのはら かずお (transliterated hiragana)
- 生年月日/結成年月日
- 1925-04-02
- 生地/結成地
- 静岡県
- 没年月日/解散年月日
- 2006-07-15
- 没地/解散地
- 神奈川県川崎市
- 性別
- 男性
- 活動領域
- 建築
- 2019
- 東京文化財研究所「篠原一男」日本美術年鑑所載物故者記事. 更新日2019-06-06. (日本語) https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/28369.html
日本美術年鑑 / Year Book of Japanese Art
「篠原一男」『日本美術年鑑』平成19年版(373頁)建築家の篠原一男は7月15日午後1時13分、神奈川県川崎市の病院で死去した。享年81。篠原一男は、1925(大正14)年4月2日静岡県に生まれた。1947(昭和22)年東京物理学校を卒業後、東北大学数学科を経て東京工業大学建築学科入学。53年卒業後、同大図学助手。62年東京工業大学助教授。67年「日本建築の空間構成の研究」にて工学博士。70年東京工業大学教授。84年イェール大学客員教授、86年東京...
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篠原 一男(しのはら かずお、1925年4月2日 - 2006年7月15日)は、日本の建築家。静岡県生まれ。1947年東京物理学校卒業後、東北大学で数学を専攻。建築に転向し東京工業大学建築学科で清家清に師事。1953年卒業後、1986年定年退官に至るまで東工大の教壇に立ち、プロフェッサーアキテクトとして、住宅を中心とする前衛的な建築作品を一貫して手がけた。磯崎新と並んでメタボリズム後の日本建築界のリーダーと目され、特に1970年代以降の住宅建築デザインに多大な影響を与えている。坂本一成、白澤宏規、長谷川逸子、葛西潔、葛西秀一郎、高橋寛、高橋晶子、武田光史、西村博司、坂牛卓、安田幸一ら篠原研究室出身者の他、伊東豊雄へも直接的な影響を与えており、彼らは、篠原のカリスマ性や哲学的スタイルから「篠原スクール」「エピステーメー派」などと称された。隈研吾は安藤忠雄への影響も指摘し、安藤が基本的に篠原の「抽象的な空間」の継承者であると述べている。東工大教授の他、イェール大学客員教授、ウィーン工科大学客員教授、神奈川大学特任教授などを歴任。
- 2023-02-20