APJ A1441

塩田千春

| 1972 |

SHIOTA Chiharu

| 1972 |

作家名
  • 塩田千春
  • SHIOTA Chiharu (index name)
  • Shiota Chiharu (display name)
  • 塩田千春 (Japanese display name)
  • しおた ちはる (transliterated hiragana)
生年月日/結成年月日
1972
生地/結成地
大阪府
性別
女性
活動領域
  • パフォーマンスアート
  • インスタレーション

作家解説

塩田千春は、赤や黒の糸を空間にダイナミックに張りめぐらせるインスタレーションで、国際的に知られている。彼女の関心事は極めて私的な体験から生まれるものでありながら、それらを生命、生と死、存在といった普遍的な問いとして本質まで掘り下げることによって、「私」が「私たち」となり、文化や社会、言語や歴史を超えて、じつに多くの人々の感情を揺さぶってきた。 1972年に大阪吹田市で生まれ、伝統的な家父長制のなかで家業を継ぐ責任なく育てられた塩田は、女性という存在に向けられた不条理な価値観とそれに対する抵抗感を抱きつつ、自身の生き方における選択や存在の意味を思考することとなった。幼少期に祖父母のいる高知県を訪れ、土葬された先祖の墓参りをした際、雑草を抜きながら初めて「死」に対する恐怖を感じたという。生命の起源でもあり、死んで葬られる大地や土は、長じてからの塩田の仕事においても大きな鍵を握ることになる。近所の絵画教室に通いはじめ、12歳でアーティストになることを意識。1992年には京都精華大学美術学部(現芸術学部)に入学する。ただ絵画と自身の存在との関係の希薄さに悩み、早々に絵画を続けられなくなる。1994年にオーストラリア国立大学へ留学した際、自分自身が絵画になる夢を見て、そこからシーツをかぶった身体に赤い塗料をかけるパフォーマンス作品《Becoming Painting》が生まれた。同時期には空間にドローイングを描くように、ドングリを通した黒い毛糸がギャラリー内に幾何学的な形状を描きながら編まれた《Accumulation》(1994)も発表。この留学時の試みはキャンバスから三次元空間へと表現領域が拡張される起点となった。帰国後、生命や死の概念を一貫して追究した現代アーティスト村岡三郎(1928–2013)に師事し、存在の根源を問う素材の選択という意識も培われた。 1996年には渡独し、ハンブルク美術大学でマリーナ・アブラモヴィッチ(1946– )に師事。屠殺場でもらった大量の牛の骨、生命の象徴としての卵を使い、自身の身体を土に埋めるようなパフォーマンスで、存在や生と死の概念に対峙する展示を学内外で見せた。またアブラモヴィッチによる南仏での一週間の断食を伴うワークショップの際には、母国を離れた塩田の「帰りたいが帰れない」という家父長制への抵抗感や女性としてのアイデンティティとの葛藤を、パフォーマンス《Try and Go Home》(1997)で表現した。斜面にあった穴に土にまみれながら出入りするこのパフォーマンスは後に、アイデンティティの象徴として肌の色を意識する、泥を使った一連のパフォーマンス、映像、インスタレーション作品へと発展していく。1997年にはベルリンに移住している。 2001年の第1回横浜トリエンナーレでは、泥で汚れた長さ14メートルのドレス5着によるインスタレーション《皮膚からの記憶》を発表し、アーティスト塩田千春の存在を日本で知らしめることとなった。ドレスはパフォーマンスをしていた自身の身体に替わるもので、塩田はこれを“第二の皮膚”と呼ぶ。そして徐々に物理的な身体が不在の状態で、いかに存在を表現するかが彼女の中心的な関心となっていった。身体の不在は「死」の予兆や象徴でもあり、それでもなお存在の意味を模索するために、塩田は不可視の存在、記憶、あるいは魂の存在を感じさせるような表現を追究していった。その後、彼女のインスタレーションには、生命の誕生と死、夢と覚醒などを暗示する病院のベッド、焼けたピアノや椅子、履かれなくなった靴や中古のスーツケース、元東ベルリンの工事現場で収集した窓枠などが使われるようになる。それぞれ特定の素材を中心に圧倒的な物量で空間を構成することも、塩田の特徴的な表現として強度を増していく。さらに、今日の塩田の代名詞ともなっている糸を使ったインスタレーションは、1994年の《Accumulation》以降、1999年に自身のベッドを中心に空間全体を糸で繋ぐ作品へと発展し、2000年には複数のベッドを黒い糸で繋いだ展示、そして焼けたピアノと椅子を黒い糸で繋いだ2002年の《In Silence》へと連なっていく。 2005年には卵巣癌に罹患、片方の卵巣を摘出後に2007年には長女を出産するという、自身の人生における死と生に直面したことで、塩田の作品は「死から生に向かう」方向へと転換していく。2015年にはヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表として出展したが、それまでの数年間にも流産や父の死などが続いた。精神的な葛藤や苦難を乗り越えて発表された《掌の鍵》では、人々が大切に握りしめてきた鍵5万個を赤い糸の先に吊り、ベネチアで使われていた二艘の舟のなかや床に13万個を配し、高い評価を得た。《掌の鍵》で使われた舟は、2016年の《不確かな旅》では黒いスチールによる線だけの抽象化された舟六艘となり、それらから立ち上がる赤い糸が空間を天井まで埋めつくすことで、個人の人生としても、混沌が続く世界全体においても、先の見えない不確実性や不安を圧倒的な存在感で提示する作品へと昇華させた。 2019年には森美術館で25年にわたる塩田の実践を俯瞰した大規模な個展「魂がふるえる」が開催。ただその準備に入ると同時に塩田は卵巣癌を再発し、手術や治療と併走しながら展示の準備と新作の構想を続けることとなった。自ら生と死の境界を彷徨いながら、物理的な身体と感情、死後に喪失する身体と遊離する魂、ミクロコスモスとしての身体とマクロコスモスとしての宇宙といった関係が、単なる概念としてではなく、実体験および実感を伴うものとして投影され、それが作品を下支えする重力となっていった。新作では素材としても新しくガラスや牛革などが使われ、細胞を連想させる立体作品などシリーズも生まれた。「魂がふるえる」展は、途中コロナ禍を挟みながらも、アジア太平洋地域の主要美術館六館を経て、パリのグランパレ、トリノの東洋美術館等にも巡回し、塩田千春のアーティストとしての軌跡をじつに数百万人の記憶に刻んできた。コロナ禍下では再び多くのドローイングを描くようになり、大規模なインスタレーションや立体作品などと並行して、彼女の実践はますます多角的な充実を見せている。 (片岡真実)(掲載日:2026-04-22)

2001
横浜トリエンナーレ2001: メガ・ウェイブ-新たな総合に向けて, 2001年.
2004
第一回セビリア現代美術ビエンナーレ: 夢の歓び, スペイン, 2004年.
2008
塩田千春: 精神の呼吸, 国立国際美術館, 2008年.
2013
塩田千春展: ありがとうの手紙, 高知県立美術館, 2013年.
2015
掌の鍵, 第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 (ヴェネツィア・ビエンナーレ), 日本館, 2015年.
2015
長い一日, K21, ノルトライン・ヴェストファーレン州立美術館, デュッセルドルフ, ドイツ, 2015年.
2018
時を超えて, ヨークシャー彫刻公園, 2018年.
2018
身体化したかたち, 南オーストラリア美術館, 2018年.
2019
塩田千春展: 魂がふるえる, 森美術館, 東京, 釜山市立美術館, 韓国, 台北市立美術館, 龍美術館, 中国, クイーンズランド・アート・ギャラリー, ブリスベン近代美術館, オーストラリア, ヌサンタラ近現代美術館, インドネシア, 深圳美術館, 中国, グラン・パレ, パリ, トリノ東洋美術館, イタリア, モントリオール美術館, カナダ, 2019–2027年.
2020
時間の交錯, ニュージーランド国立博物館 テ・パパ・トンガレワ, 2020年.
2021
境界をたどる, エスポー近代美術館, フィンランド, 2021年.
2022
多様な現実, システアナ美術館, デンマーク, 2022年.
2022
見えない線, アロス・オーフス美術館, デンマーク, 2022–2023年.
2023
ハマープロジェクト: 塩田千春, アーマンド・ハマー美術館, アメリカ, 2023年.
2024
塩田千春 つながる私 (アイ), 大阪中之島美術館, 2024年.
2025
静かなる空白, レッドブリックアートミュージアム, 中国, 2025年.
2025
ホーム・レス・ホーム, ICA Watershed, アメリカ, 2025年.
2026
生命の糸, ヘイワード・ギャラリー, ロンドン, 2026年.

  • 福岡市美術館
  • 十和田市現代美術館, 青森県
  • 南オーストラリア美術館, アデレード
  • KIASMAヘルシンキ現代美術館, フィンランド
  • 森美術館, 東京
  • 金沢21世紀美術館, 石川県
  • フライブルク現代美術館, ドイツ
  • 国立国際美術館, 大阪
  • 東京国立近代美術館
  • ホフマン コレクション, ベルリン, ドイツ

2015
“Chiharu Shiota: The key in the hand.” Berlin: Distanz, 2015 (Venue: Japan Pavilion, 56th Venice Biennale). [Exh. cat.]. (日本語タイトル『塩田千春: 掌の鍵』)
2017
“Chiharu Shiota: Direction.” Bergen: KODE-Art Museum of Bergen, 2017 (Venue: KODE-Art Museum of Bergen). [Exh. cat.].
2017
Shiota, Chiharu. “Unter der Haut = Under the Skin.” Berlin: Hatje Cantz, 2017 (Venue: Kunsthalle Rostock). [Exh. cat.].
2018
“Chiharu Shiota: Beyond Time.” Wakefield: Yorkshire Sculpture Park, 2018 (Venue: YSP Chapel, Yorkshire Sculpture Park). [Exh. cat.].
2019
Museum Sinclair-Haus. “Chiharu Shiota, Gedankenlinien: Line of Thought.” Dortmund: Kettler, 2019 (Venue: Museum Sinclair-Haus, Bad Homburg vor der Höhe). [Exh. cat.].
2019
森美術館編『塩田千春: 魂がふるえる』東京: 美術出版社, 2019年 (会場: 森美術館). [展覧会カタログ].
2024
大阪中之島美術館, アトリエ塩田千春編『塩田千春: つながる私(アイ)』[大阪]: 大阪中之島美術館, 毎日放送, 朝日新聞社, 2024年 (会場: 大阪中之島美術館). [展覧会カタログ].
2024
Wendel-Poray, Denise, ed. “Chiharu Shiota: Milestones; At the heart of creation.” Paris: Skira, 2024.
2025
「塩田千春」『AWARE: Archives of Women Artists, Research & Exhibitions 日本』閲覧日2025-04-14. https://awarewomenartists.com/artists_japan/%e5%a1%a9%e7%94%b0-%e5%8d%83%e6%98%a5/

Wikipedia

塩田 千春(しおた ちはる、1972年-)は、ベルリン在住の現代美術家。大阪府岸和田市出身。2010年度より京都精華大学客員教授。

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  • 2023-02-20