狩野芳崖

文政11年1月13日（太陽暦では1828年2月27日）、長門国豊浦郡長府印内［ながとのくにとようらぐんちょうふいんない］に生まれる。幼名・幸太郎。父は長府藩の御用絵師・狩野晴皐［せいこう］。幼い頃から父に就いて狩野派の基礎を学ぶ。11歳までには松隣［しょうりん］と号して模写作品を描く。1845年には狩野皐隣延信［こうりんながのぶ］を名乗り、藩に出仕する。1846年、藩より江戸留学を許されて、木挽町狩野家の晴川院狩野養信［おさのぶ］に入門、ほどなく養信が亡くなったため勝川院狩野雅信［ただのぶ］に就く。1849年一字拝領し勝海［しょうかい］と号す。1857年頃に関西を遊歴し帰郷、田原よしと結婚する。その後、単身江戸に戻る。この頃から法の外に出るという意味で自ら芳崖と名乗り、雪舟研究に実証主義的感覚をあわせて独自の画境を拓く。1867年に父が歿し家督を継ぐ。明治維新後、40代半ばとなるが禄を離れて生活は困窮し、養蚕業や文具店などを開いて糊口をしのぐ。1877年に家族とともに上京。息子・廣崖［こうがい］を慶應義塾に入れ、三田豊岡町［みたとよおかちょう］に住む。輸出業社・精工舎に勤め、陶磁器・漆器の下図描きをして日給を得る。 1882年、第１回内国絵画共進会に《山水》、《布袋》（いずれも所在不明）などを出品、無賞に終わるもののこれらがアーネスト・フェノロサの眼に留まり影響を受けはじめる。翌年の暮れにはフェノロサに月給20円で雇われ、後、本郷のフェノロサ宅近くに用意された家に転居する。第2回パリ日本美術縦覧会に出品した《観音》（1884年、フリーア美術館、ワシントン）はフェノロサの影響をまだ受けていない作品と言われているが、その後フェノロサの組織した鑑画会を中心に日本画の革新運動を推進していった。1884年に開催された第2回内国絵画共進会では《人物（桜下勇駒図）》（1884年、東京国立近代美術館）などを出品、褒状をうける。 1885年、第1回鑑画会大会が開かれ《伏龍羅漢》（1885年、福井県立美術館）が三等を受賞。構図や彩色にフェノロサ絵画理論の示唆が見られる。またこの頃、ワットマン紙に水墨で描いている。第２回鑑画会大会に出品した《仁王捉鬼》（1886年、東京国立近代美術館）では西洋的な画法を取り入れ、特に彩色において西洋顔料を用いるなど実験的な描法を試みた。1886年、東京美術学校（現・東京藝術大学）の設立準備のために設置された図画取調掛に月給15円で雇われる。この年フェノロサ、岡倉覚三（天心）らと奈良に古美術調査に行き《奈良官遊地取》（1886年、東京藝術大学）を残す。古社寺で見た仏画仏像や妙義山に登った時の体験などをもとに新たな観音図の制作に取りかかる。この頃、《不動明王》（1887年頃、東京藝術大学、重要文化財）を制作。最晩年の制作は東京美術学校開校の準備期にあたり、開校後は芳崖が中心となって近代日本画教育が行われることが期待された。しかしそれは叶わず、1888年11月5日、肺炎のため神田区小川町の自宅で亡くなる。死の直前まで筆を執り絶筆となった《悲母観音》（1888年、東京藝術大学、重要文化財）は、伝統を踏まえながらもそれまでにない表現が随所に見られ芳崖晩年の研究成果が集約されたが、同時に近代日本画の出発点として位置づけるべき美術史上の重要作品である。 （古田 亮）（掲載日：2024-01-17）