オノ・ヨーコ

1933年、東京に生まれる。父・小野英輔の転勤に伴い、日本と米国で成長する。1939年に、創設間もない自由学園（東京）の幼児生活団で、絶対音を基礎とする音楽教育を受け、時計の音を聴き取り、それをもとに作曲するなど、生活と芸術を分けることのない音楽のあり方に接する。また幼少期よりピアノを、その後声楽も学び広い声域を獲得、作曲への関心を育むが、演劇部で活動した学習院の女子高等科卒業後は、同大の哲学科に進む。1952年には、日本語テキストによる作品《無音の楽曲》の執筆、および英文のテキストとイラストにより構成される《見えない花》を手がける。1年次に在学中の1952年に家族と共にニューヨーク市近郊に転居、サラ・ローレンス・カレッジで、詩と音楽を学ぶ。1956年から一柳慧［いちやなぎとし］とマンハッタンに住み、1960年にはチェンバーズ通りのロフトを借り、作曲家のラ・モンテ・ヤングと一連のイヴェントを企画する。半年間に10回以上開催されたイヴェントには、黛敏郎やデイヴィッド・チュードアなどの音楽家が参加したほか、ジョン・ケージやイサム・ノグチ、桂ゆきなども聴衆として訪れた。1961年にはカーネギー・リサイタル・ホールでソロ・コンサート「オノ・ヨーコの作品」を開催する一方で、のちにフルクサスを率いるジョージ・マチューナスが運営するAGギャラリー（マンハッタン）で個展「オノ・ヨーコの絵と素描」を開いている。 20代の10年を米国で過ごしたオノは、1962年に帰国し、草月会館（東京）で「小野洋子作品発表会」を開く。闇の支配するホールでの観客との双方向のイヴェント（演者が観客を見つめる《オーディエンス・ピース》など）と、ロビーでの作品の展示によって構成されたプログラムは、前年の米国での活動を展開したものであった。この20点余の紙に手書きの言葉のみが記された《絵のためのインストラクション》は、イメージなしで絵画を成立させたものであり、インストラクションを読んだ人がその意味を頭の中で組み立て、想像すること、さらにアクションを起こすことが期待されていた。音楽の楽譜における音符の代わりに言葉を記すインストラクションという作品のあり方は、奏者の存在によって作品が成立する音楽と美術を繋ぐものであった。さらに、インストラクションという虚構の設定は、「キャンバスが円になる迄頭の中で変形して行く。」と言った、日常空間にあるものを出発点としながら、想像力によって新たなものの捉え方を促す、オノの創造活動の根幹を成すものであり、1964年にはそれまでに書き溜めた150点余の英文のインストラクション（3分の1を和訳）を集めた《グレープフルーツ》（ニューヨーク近代美術館ほか）を私家出版している（東京: Wunternaum Press）。ここには、手書きの一点ものの絵画のあり方から、印刷複製されたマルチプルな作品のあり方、即ち、コンセプトとその広がりに重点を置く展開が示されている。 米国に発つ前に出版されたこの作品集には、オリンピック前の変容する都市空間や画廊で行ったイヴェントのためのスコアも掲載されている。オノは、草月アートセンターのプログラムや、ナム・ジュン・パイク、ハイレッド・センターのイヴェントに関わることを通して、日米の芸術家の回路も作っている。この時期に自宅屋上で未来の日付を付した牛乳瓶のかけらを販売した《モーニング・ピース》が、この先の時間を手元におくという夢想を作品化するとともに、商品として市場で流通する作品のあり方への批評を伴うものだったように、ささやかでユーモアを備えた作品は重層的な意味を孕んでいた。《グレープフルーツ》をロビーで販売した1964年夏の「小野洋子さよならコンサート」で発表した《カット・ピース》は、ステージに座るオノの服の一部を観客が切り取り持ち帰る行為を通して、傍観者が共犯者ともなるさまざまなかたちの暴力や、個人と集団の関係を視覚化するものだった。自らの身体を介した参加者との関係を問う行為は、パフォーマンスの歴史を画するものとなったが、米国での再版（『グレープフルーツ』ニューヨーク: サイモン・アンド・シュスター、1970年）で作品集にこれが掲載された際には、パフォーマーは必ずしも女性である必要はないと記されている。 ニューヨークに戻ったオノは、フルクサスのメンバーたちとステージに参加し（《イエス・キリストのためのスカイ・ピース》1965年など）、実験的な映像作品（撮影はジョナス・メカス）を制作、またジャドソン・チャーチなどで発表活動も展開するが、1966年に「破壊芸術シンポジウム（DIAS）」に出演するためロンドンに向かい、その秋（インディカ・ギャラリー）と翌秋（リッスン・ギャラリー）、同地で個展を開く。1968年からは、ジョン・レノンと協働で、イヴェントや映像、音楽アルバムの制作を行う機会が増える。1969年クリスマスの《戦争は終わる! もしあなたが望むなら》はヴェトナム戦争の最中に世界の12都市のビルボードやポスターを媒体としてメッセージを届ける試みであり、さらにラジオなどを通した、地球的な平和のネットワークを構想したものだった。 都市空間の中のスペースやプラスチック・オノ・バンドのコンサートなどでの、広範な社会に向けた言葉を軸とした表現活動と並行して、オノは1971年にはエヴァーソン美術館（ニューヨーク・シラキュース）での回顧展「これはここにはない」で、コンセプチュアル・アートの展開を示す活動やインスタレーション《アメイズ》などの新作を発表している。これとは対照的に、同年、ニューヨーク近代美術館での架空の個展の図録という体裁をとる冊子状の作品《近代（屁）美術館》（ニューヨーク近代美術館ほか）を、新聞広告での通信販売という方法で発表している。当時、音楽アルバムや映像作品でも注目していた多義的なモティーフである蠅（FLY）が、館内そして都市空間を自由に飛ぶ様子を撮影した絵葉書100点余が掲載された、冊子のタイトル[F]artという言葉には、女性美術家の作品の展示をめぐるこの美術館のありよう等に対する批評性が読み取れる。このような制度批判だけでなく、絵葉書には環境や再開発など都市の課題を抱える場所が含まれていることも見逃せない。10年ぶりとなる日本でのコンサート「ワンステップ・フェスティバル」（1974年、福島・郡山）への参加は、環境を考えることを趣旨とする企画に賛同したことにあった。 1972年の第8回ドクメンタ（ドイツ、カッセル）や1990年のヴェネツィア・ビエンナーレでの、コンセプチュアリズムやフルクサスへの貢献に関する国際的な注目はもとより、ホイットニー美術館（ニューヨーク、1989年）やジャパン・ソサエティ（ニューヨーク、2000年）における回顧展をとおして、アーティストとしての包括的な活動への関心は高まっている。これと並行してオノは、《クリケット・メモリーズ》（1998年）や《穴》（2009年）などの制作を持続的に展開し、身近な個人への暴力と、世界の様々な時代や場所で起きてきた戦争などによる暴力が交差する主題の考察を深めている。 言語と身体を介して、他者に思考と行為を促すオノの作品は、個人と個人のあいだのコミュニケーションによって社会を変革する契機をもたらす。何より、ジャンルや地域の境界を無化し、インストラクションという虚構の枠組みを梃子に、日常や環境を新たに捉え直す提案は、個人の想像力の可能性を肯定するものとして、2020年代も《イマジン・ピース》（2022年）などの作品で更新され続けている。 （関 直子）（掲載日：2023-09-26）