A1062

イケムラレイコ

| 1951-08-22 |

IKEMURA Leiko

| 1951-08-22 |

作家名
  • イケムラレイコ
  • IKEMURA Leiko (index name)
  • Ikemura Leiko (display name)
  • イケムラレイコ (Japanese display name)
  • いけむら れいこ (transliterated hiragana)
  • Ikemura Reiko (translitarated Roman)
生年月日/結成年月日
1951-08-22
生地/結成地
三重県津市
性別
女性
活動領域
  • 絵画
  • 彫刻

作家解説

日本の三重県津市出身のイケムラレイコは、ドイツを拠点に国際的に作品を発表し続けている。イケムラは、絵画、彫刻、ドローイング、水彩、版画、写真、映像といったさまざまなメディアを駆使し、生成し変化するイメージの諸相を、その豊かな可能性や多義性を損なうことなく、形象の領域へとすくい上げてきた。 大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)でスペイン語を習得したイケムラは、1973年にスペインに渡り、セビリア大学美術学部で学んだ。そして、1979年にスイスに居を移して本格的に美術家として歩み始めた。1985年にケルンに移動して以後、長くケルンとベルリンを行き来して活動したが、現在はベルリンにアトリエを構えている。 1980年代前半にイケムラは、まずはドローイングで注目を集めた。イケムラにとってドローイングや水彩画は、タブローを仕上げるための習作ではなく、それ自体が自立した表現である。当時膨大に制作したドローイングを通じてイケムラは、動きをダイレクトに伝える線の身体性と即興性を探求し、内面のヴィジョンを直感的にすくい上げることに熟達していった。ときにユーモラスで牧歌的な、ときに残酷で恐ろしいイメージを伝えるドローイングは、力強さと繊細さを兼ね備え、イケムラの創作の原点であり続けている(この時期のドローイングの多くが、スイスのバーゼル美術館に所蔵されている)。 一方、1980年代にイケムラは、《トロイアの女神》(1986年、タナー・トイフェン・コレクション)など、新表現主義の影響を感じさせる大型の油彩画も制作している。神話や戦争、その他の不吉なイメージは、絵画という媒体との格闘を暗示しており、1980年代の終わりには闘いの末の精神的な危機が訪れた。そしてこれを打開したのが、1989年における雄大なアルプスを望むスイス山中での静かな制作だった。このとき描かれた〈アルプスのインディアン〉シリーズの一つ、《マロヤ湖のスキーヤー》(1990年、豊田市美術館、愛知)は、現前の大自然だけでなく、雪舟(1420–1506頃)の山水画にも着想を得ており、近年まで続く風景画の系譜の出発点となった。 同じく1980年代末と言えば、粘土との出会いも重要である。イケムラは、粘土の不定形の塊からイメージを探り当てていくなかで、人や動物などの像を生み出した。柔らかく可塑性の強い素材は、ドローイングと同様、イケムラの即興的かつ身体性の強い制作手法に適した媒体であり、やがて塑像は、絵画やドローイングと並ぶ主要なメディウムとなった。後にイケムラは、陶やブロンズの彫刻も手掛けたが、それらの原型は常に塑像である。 1991年にイケムラは、ベルリン芸術大学の教授に就任した。そしてこの頃から、動植物などの有機的なものと建物などの無機的なものを混交させたダブルイメージとしての立体作品や、動物と植物が合体した幻想的な生きもののドローイングや水彩画が盛んに制作された。 1990年代のイケムラの代名詞とも言える少女像は、こうしたハイブリッドのイメージのすぐ後に登場した。明瞭な顔貌を欠いた少女たちは、黒やモノクロームのぼんやりした空間を背景に、ときに毅然と立ち、横たわり(《横たわる少女》1997年、東京国立近代美術館)、またときには上空より舞い降りてくる。そのシンプルな造形には、大人になる途上の目覚めの意識、成熟への期待と不安など、複雑で両義的な内面が宿っている。またイケムラは、目の粗いジュートを支持体に用いることが多いが、その素朴な風合いも少女期の無垢な内面性と響きあっている。 平面作品の少女像は、常に水平線や地平線とともに描かれる。横たわる少女の水平の構図についてイケムラは、フェルディナント・ホドラー(1853–1918)による死にゆく妻のドローイングや、ハンス・ホルバイン(子)(1497/98–1543)の《墓の中の死せるキリスト》(1521/22年、バーゼル美術館、スイス)など、水平に死のイメージを重ねた美術史的な影響源に言及している。またイケムラの作品には、横たわる女性の亡骸という直接的な死の表現もある。「死を想え」というラテン語の警句を冠した〈メメント・モリ〉のシリーズ(2012–2013年)は、朽ちかけた女性の彫刻だが、自然のサイクルの一部である人の死が、シンプルな水平の造形と始まりを暗示する白により表現されている。 天と地、空と海とを分かつ地平線や水平線は、少女との組み合わせ以外にも頻出する重要なモティーフである。三重県の海岸近くで育ったイケムラにとって海は、命を育み、また脅かすものとして生に隣接するだけでなく、日々の営みを超えた悠久のイメージでもあった。2000年代にイケムラは、ときに戦争のイメージも交えて、さまざまな水の風景を水平の構図に描いている。 2011年の東日本大震災、そして福島第一原子力発電所の事故は、ベルリンにいたイケムラにも大きな衝撃を与えた。3mを超える2体の《うさぎ観音》(2012/14年、作家蔵)は、未曽有の災害がもたらした精神的危機を乗り越えていくなかで生まれた陶の彫刻であり、日本で信仰される観音像とうさぎのイメージとのハイブリッドである。滋賀県立陶芸の森で多くの人々の協力を得て制作された本作品は、特別な釉薬の効果によって光沢を放ち、胎内を思わせる空洞を孕む。イケムラの彫刻は、しばしばうつろな内部を露わにし、存在と無が表裏一体であることを直感的に示す。一方、《うさぎ観音》の空洞には、無数に穿たれた穴から星のように光が差し込み、人々を優しく迎え入れる。 2010年代からイケムラは、ホドラーの山岳風景、および東洋のアニミズム的世界観と山水画に着想を得た《グリーンスケープ》(2010年、ルートヴィヒ美術館、ドイツ・ケルン)のような独特の風景画に取り組み、やがてそれを「コスミックスケープ」と呼ぶ大画面へと展開した。〈始原〉(2014–2015年)、〈東海道〉(2015年)、〈うねりの春〉(2018年)という神話的な始原の景色のシリーズは、近年のイケムラの一つの到達点であり、トリプティック(三連画)の形式で展示されたことでも記憶に新しい。 こうした大画面の作品をイケムラは、カンヴァスを床に広げ、文字通り絵のなかに入って描いたという。つまりイケムラは、イメージに没入し一体化することで、湧き上がるイメージをつかまえ、人と動物、自然が一体化し等価に存在する幽玄の景色を生み出した。このときイケムラは、描くことを通じて世界とつながり、世界とつながることで、そこに潜在する豊かなイメージを自己のうちに呼び込んでいる。 イケムラは、この他にも、写真や映像を手掛け、パフォーマンスも行ってきた。また、2022年には、ガラスという透明な光に満ちた素材を初めて採用し、かつて陶やブロンズで試みた彫刻作品を仕立て直した。新たな媒体との出会いにより、その表現がまたひとつ広がったのである。 最後にイケムラの言葉の仕事について触れておく。イケムラは、日本、スペイン、スイス、ドイツへと住処を移すたびに、新たに言語を習得してきた。言葉を習得する前の小さな子供のように、言葉を介さずに新しい世界に触れる経験は、造形の仕事にも本質的な影響を与えてきた。現在イケムラは、複数の言語で詩作し、展覧会の会場やカタログにもしばしば自作の詩を添える。しかし、言葉はイメージの説明ではなく、イメージもまた、言語が指し示す内容の視覚的写しではない。互いに依存することのない、独立したメディウムとしての視覚芸術と言葉の間を行き来することでイケムラは、イメージを生みだす鋭敏な感覚を磨いているのである。 (長屋 光枝)(掲載日:2023-09-11)

1989
Leiko Ikemura Gemälde, Zeichnungen 1980–1987, バーゼル現代美術館, ローザンヌ州立美術館, リンツ市立ノイエ・ギャラリー、ヴォルフガング=グルリット美術館, ザールブリュッケン市立ギャラリー, ウルム美術館, 1987–1989年.
1999
Leiko Ikemura: Migrations Sculpture and Paintings, ハガティ美術館, マーケット大学, ミルウォーキー, 1999年.
2004
Leiko Ikemura, Skulptur-Malerei-Zeichnung, クンストハレ・レッグリングハウゼン, ムゼウム・プファルツギャラリー・カイザースラウテルン, ウルム美術館, 2004–2005年.
2008
Leiko Ikemura Tag, Nacht, Halbmond [Day, Night, Halfmoon], アラーハイリゲン美術館, 2008–2009年.
2010
Leiko Ikemura Ausstellung zum August-Macke-Preises, ザウアーラント博物館, 2010 年.
2011
イケムラレイコ: うつりゆくもの, 東京国立近代美術館, 三重県立美術館, 2011–2012年.
2013
Leiko Ikemura i-migration, カールスルーエ州立美術館, 2013年.
2014
イケムラレイコ PIOON, ヴァンジ彫刻庭園美術館, 2014年.
2015
Leiko Ikemura, All About Girls and Tigers, ケルン市立東洋美術館, 2015–2016年.
2016
Leiko Ikemura: Und Plötzlich Dreht der Wind [And Suddenly the Wind Turns], ハウス・アム・ヴァルドゼー, ベルリン, 2016年.
2018
Leiko Ikemura im Dialog mit Donata & Wim Wenders im Atelier Liebermann [Leiko Ikemura in Conversation with Donata & Wim Wenders], ブランデンブルク門財団, マックス・リーバーマン・ハウス, ベルリン, 2018年.
2019
イケムラレイコ: 土と星, 国立新美術館, 2019年.
2019
Leiko Ikemura: Nach Neuen Meeren: Toward New Seas [イケムラレイコ 新しい海へ], バーゼル美術館, 2019年.
2020
Leiko Ikemura: von Ost nach Ost [from East to East], Kunsthalle Rostock, 2020.
2021
Leiko Ikemura: Usagi in Wonderland, Sainsbury Centre, Norwich, England, 2021.
2021
Leiko Ikemura: Prima Del Tuono, Dopo il Buio [Before The Thunder, After The Dark], BUILDINGBOX, Milano, Itary, 2021.
2021
Leiko Ikemura: AQUÍ ESTAMOS [Here We Are], Ciudad de las Artes y las ciencias Valencia, Spain, 2021–2022.
2022
Leiko Ikemura: Wenn Pfauen Flügel öffnen, Herbert Gerisch-Stiftung, Neumünster, Germany, 2022.

  • ポンピドゥー・センター, パリ
  • 聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館, ドイツ
  • ルートヴィヒ美術館, ケルン, ドイツ
  • シュテーデル美術館, フランクフルト・アム・マイン, ドイツ
  • リヒテンシュタイン美術館, ファドゥーツ
  • ローザンヌ州立美術館, スイス
  • バーゼル美術館, スイス
  • ベルン美術館, スイス
  • セインズベリー視覚芸術センター, ノリッジ, イギリス
  • ネヴァダ美術館, アメリカ
  • 東京国立近代美術館
  • 国立国際美術館, 大阪
  • 豊田市美術館, 愛知県

1998
Leiko Ikemura: im Gespräch mit Friedemann Malsch. Kunst Heute, Nr. 20. Köln: Kiepenheuer & Witsch, 1998.
2005
Leiko Ikemura: Skulptur, Malerei, Zeichnung: Sculpture, Painting, Drawing. [exh. cat.]. Bielefeld: Kerber Verlag, 2005 (Venues: Kunsthalle Recklinghausen and Pfalzgalerie Kaiserslautern and Ulmer Museum).
2006
イケムラレイコ詩・ドローイング『うみのこ』長泉町(静岡県), 京都: ヴァンジ彫刻庭園美術館, 赤々舎(発売), 2006年 [自筆文献(詩)].
2008
Leiko Ikemura: Tag, Nacht, Halbmond. [exh. cat.]. Zürich: Scheidegger & Spiess, 2008 (Venue: Museum zu Allerheiligen, Schaffhausen).
2010
Leiko Ikemura. [exh. cat.]. Köln: DuMont, 2010 (Venue: Sauerland-Museum Arnsberg).
2011
中村麗子, 保坂健二朗, 原舞子, 毛利伊知郎編『イケムラレイコ: うつりゆくもの』ジェフリー・アングルス, 南平妙子, 松本透翻訳. 東京, 津: 東京国立近代美術館, 三重県立美術館協力会, 2011年 (会場: 東京国立近代美術館, 三重県立美術館).
2011
保坂健二朗「Artist Interview: イケムラレイコ」『美術手帖』第960号(2011年11月): 153-167頁.
2013
Leiko Ikemura: i-migration. [exh. cat.]. Ostfildern: Hatje Cantz, 2013 (Venue: Staatlich Kunsthalle Karlsruhe).
2014
イケムラレイコ『イケムラレイコ作品集』森陽子, 森啓輔, 瀧本百合子編. 長泉町 (静岡県): ヴァンジ彫刻庭園美術館 , Nohara (発売), 2014年 (会場: ヴァンジ彫刻庭園美術館) [展覧会カタログ].
2015
Leiko Ikemura: All about Girls and Tigers. [exh. cat.]. Köln: Verlag der Buchhandlung Walther König, 2015 (Venue: Museum für Ostasiatische Kunst Köln).
2015
高階秀爾「lying in redorange イケムラレイコ」『ニッポン・アートの躍動』東京: 講談社, 2015年, 38-41頁.
2019
Leiko Ikemura: Nach neuen Meeren: toward New Seas. [exh. cat.]. [Basel],Munich: Kunstmuseum Basel, Prestel, 2019 (Venue: Kunstmuseum Basel).
2019
長屋光枝, 久松美奈, 高野詩織編『イケムラ レイコ: 土と星』東京: 求龍堂, 2019年 (会場: 国立新美術館, バーゼル美術館) [展覧会カタログ].
2019
イケムラレイコ『どこにも属さないわたし』東京: 平凡社, 2019年 [自筆文献].
2019
椹木野衣 「美術と時評 83: 寄せては返す骸(むくろ)と天界——イケムラレイコの惑星世界」ART iT, 公開日2019年5月3日. https://www.art-it.asia/top/contributertop/199589/
2021
イケムラレイコ「ゆめごとひめごと」『現代詩手帖』第64巻第6号 (2021年6月): 10-15頁.
2022
Leiko Ikemura. Wenn Pfauen Flügel öffnen. Katerine Niedinger (trans.). [exh. cat.]. Berlin: Distanz Verlag, 2022 (Venue: Herbert Gerisch Foundation).
2022
Leiko Ikemura: Aqui Estamos / Here We Are. [exh. cat.]. Spain, Dortmund: Druckverlag Kettler, 2022 (Venue: Ciutat de les Arts i les Ciències de València).
2023
John Yau. “Girls, Gods, and Rabbits”, Hyperallergic. Published January 15, 2023. https://hyperallergic.com/792617/girls-gods-and-rabbits-leiko-ikemura/

Wikipedia

イケムラレイコ(池村 玲子、Leiko Ikemura 、1951年8月22日 - )は、日本の画家、彫刻家である。現在はドイツ・ベルリン在住。三重県津市出身。三重県立津高等学校卒業。大阪外国語大学スペイン語学科卒業後、スペイン・セビージャのセビリア美術大学に留学。スイス・チューリッヒ、ドイツ・ニュルンベルクを経て、ベルリンとケルンを拠点に活動。1991年〜2015年、ベルリン芸術大学教授。2014年〜、女子美術大学客員教授。

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VIAF ID
96474344
ULAN ID
500106330
AOW ID
_zz028511
Benezit ID
B00091957
NDL ID
01070636
Wikidata ID
Q271251
  • 2023-10-12