- 作家名
- 大河内信敬
- ŌKŌCHI Nobuhiro (index name)
- Ōkōchi Nobuhiro (display name)
- 大河内信敬 (Japanese display name)
- おおこうち のぶひろ (transliterated hiragana)
- 生年月日/結成年月日
- 1903
- 生地/結成地
- 東京府東京市下谷区(現東京都台東区下谷)
- 没年月日/解散年月日
- 1967-12-01
- 性別
- 男性
- 活動領域
- 絵画
- 2014
- 東京文化財研究所「大河内信敬」日本美術年鑑所載物故者記事. 登録日2014-04-14. https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9187.html
日本美術年鑑 / Year Book of Japanese Art
「大河内信敬」『日本美術年鑑』昭和43年版(152頁)新樹会、光風会、日展会員の大河内信敬は、12月1日東京女子医大附属病院でりんぱせん肉しゅのため死去した。享年64才号清水丁三。明治36年8月21日東京下谷に大河内正敏の次男として生れ、昭和3年明治大学商科を卒業した。大正7、8年の頃水彩画を板倉賛治に、版画を小泉癸己男に学び、また太平洋画会研究所で岡田三郎助に教えをうけた。昭和5、6年の頃、本郷絵画研究所で寺内万次郎の指導をうけた。同8年「画室の一...
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大河内信敬 (おおこうち のぶひろ、1903年 (明治36年) 8月21日 - 1967年 (昭和42年) 12月1日) は、日本の画家。東京府東京市下谷区(現東京都台東区下谷)出身。物理学者・子爵の大河内正敏の次男。母は大河内信古の娘・一子。娘に女優の河内桃子がいる。号は清水丁三。明治大学商科卒業。水彩画を板倉賛治、版画を小泉癸巳男、その他岡田三郎助や寺内萬治郎に師事。1933年、「画室の一隅」で第14回帝展に入選。1937年より1年間ヨーロッパに渡り、各地の美術を視察した。1940年、光風会会員となる。1947年、朝井閑右衛門らと新樹会を結成。
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- 2023-02-20